189話 大魔王殺その2

 踏み込み、音を踏みしめる勢いで吶喊する。


 《澱の天道》が魔王を召喚し使役しているのなら、そこを叩けば制御を失うはずだ。つまりは行使者たるマイゼス、あるいは彼の手中にある黒環。そのどちらかを破壊できればよし、できなくとも操作しているマイゼスの処理能力を奪えれば一対九にはならないだろう。


 そう考えたのは甘かったとすぐに悟った。


 マイゼスが嫌そうな顔をしてみせたのは最初の一合だけ。魔剣アルルイヤを受け止めた瞬間に眉をひそめてみせはしたものの、いなしてあっさりと距離を取られてしまう。そこに八大魔王たちが思い思いの攻撃を加えてくるから、俺は大魔王に追いすがることもできずに対処に追われる。


「クッ……ソ!」


 《犬魔》の魔王が上体を大きく反らせ、戻す勢いで両腕を振り下ろす。爪の鋭さは距離を無視して俺に届く。あまりの威力に《光背》が削られる───あの再現体でも《信業》が使えるのか!


 棘が降り注ぐ。《犬魔》の魔王の足を縫い留めたはずのその一撃はしかし、《澱》でできた彼らの体の特性の前ではさしたる足止めにはならなかった。変形して楔から脱し、もとに戻れば痕も残らない。


「厄介な───!」


 必要なのは破壊力。ヒウィラは『自分の一撃を無傷でやり過ごされた』という怒りを表出させたらしく、先の嚇撃を叩き込んだ。一定圏内へもたらす破壊力は再現された体ではどうにも回避しようがない。黒いどろどろにまで崩壊させられた名も知れぬ魔王は飛散し、再生には時間を要するようだ。


「ナイスだヒウィラ! もう一発ぶちかませ!」


「そうそう連発できるものではありません!」


 さっき俺にぶちまけた時は怒涛のように連射してたくせに、落ち着いてしまうといちいち感情を惹起させてからでないと放てないらしい。そこがタメとなるから隙も大きいし、頼りきるには物足りない。


「ってェなる、とッ!」


 魔王の常用していたらしい剣まで再現されている。斬りかかってきたのを斬り飛ばす───やけに手応えが軽い。


 再現されているにしては水を斬ったみたいだ。何か敵の意図があってのことかと思い振り返ると、剣を斬り飛ばされた魔王も困惑しているらしいからそれも違うと分かる。つまり───魔剣アルルイヤに斬られると元の硬度を無視できる、ってことか?


 ───試してみるか。


 手近な魔王に斬りかかる。回避を許さない全力斬り、横槍はすべて《光背》で弾く───耐えてくれ。 その魔王は大鎌で防ぐ構えを取って、俺の一刀にあっけなく両断された。液状に崩壊する再現体に、奔る黒い《顕雷》。


 やはり。《澱の天道》に再現された魔王たちは、《信業》と同じ属性を持っているらしい。《信業》喰らいの魔剣アルルイヤならば相性勝ちして防御を無視できる!


 やるなら今、対策を立てられる前だ!


「俺から離れろヒウィラ───!」


 叫んでからきっかりひと呼吸後、俺は《光背》を全開にする。広がった光は八大魔王たちあらゆる艱難から守護する───そこに魔剣アルルイヤを挿し入れれば、




 《光背》に反応したアルルイヤが、それを呼び水に八大魔王までを食い尽くす。


 アルルイヤの有効範囲は喰らった《信業》よりもほんのちょっと広いから、《光背》で守られた俺や八大魔王にも食指を伸ばすんだ。当然俺も晒されるから表皮はボロボロだがそんなもんは後で治しゃいい話。俺の軽傷以上に、《真龍》も然り《信業》で構築された存在はその存在を維持する《信業》までズタズタにされて───ほら。


 闇が明けた後には、淀んだ水溜まりと化した八大魔王たちの残骸があちこちに点在していた。

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