149話 最短経路その1
「それじゃあ、行くぞ」
「躊躇わず遅れずついてこい。入れ違いになりでもしたら、そのときはお前たちの身の安全は保障できないからな」
ロジェスを先頭に安定《経》へと飛び込んでいく。俺も飛び込む、直前に後ろを振り返って、魔族の皆さまがたの様子を伺う。
タンタヴィー、ムクジュといった兵は、適度に緊張した表情を保っている。飛び込めばその先は《人界》、ロジェスの口添えがなければ征討軍と神聖騎士から集中砲火を浴びる死地である。そしてそれは、俺たちが嘘をついている場合も同様。命の危険に晒される可能性を考慮に入れながらあの程度の緊張で済むというのは、やはり最精鋭なのだという説得力があった。
気がかりなのは、ヒウィラの様子だった。
《魔界》側の安定《経》周辺に待機させていた侍女たちに手伝わせて、すっかりドレスから動きやすい服装に着替えている。
恐怖や過度の緊張───という感じではない。ただ、心ここに非ずというか、物思いに耽っているというか、咄嗟の反応が求められる事態に対応できそうに見えなかった。というか、ヒウィラもあんな顔をするのか。
いついかなる時も姫君としての立ち居振る舞いを怠らないのかと思っていたが、ああしていると───年頃の少女と、そう変わりはないように見える。
っと、いかんいかん。
次は俺の順番だ。いつまでもぐずついて、俺より緊張している人たちを怒らせても申し訳ない。一歩踏み出して、《魔界》から《人界》へと通ずる《経》へと飛び込む。
移動する錯覚と、時間が経過する錯覚。世界と世界の狭間のどこかを越えて、俺は《人界》へと帰還する。
ディゴールへと立ち寄る猶予はない。
今回の、『《魔界》アディケードへ招き入れられたのをいいことに魔王を討つ』作戦のために、ロジェスが部下の神聖騎士と征討軍を伴って出立したのは信庁でも知られているところだ。あれだけの人数を動かしたのだから当然だが、それがこれだけの早さで帰還したとなれば、何か事情が変わったのだと《鎖》のメール=ブラウはすぐに勘付き、妨害してくる。そういう話だった。
バスティや他の皆に会えないのは残念だが、優先すべきはヒウィラたち魔族の身の安全を確保すること。《人界》に留め置く時間は、なるべく短いに越したことはないと承知しているから我儘を言うつもりもない。
とりとめもない思考もきっとまやかしで、実際には経過していない時間を通り過ぎて。
《人界》へと帰還した。
ロジェスと神聖騎士二人───カーウィンと、あとキシと名乗った男は既に到着している。征討軍も彼らを認めたのか、警戒態勢ではあるが静かなものだ。《経》がさんざめき後続の魔族たちがやってくる気配がしても、武器を構えることはしない。しっかりと言い含められている。
世界を越えて、ヒウィラたちがやってくる───何か変だぞ?
「───おい! ヒウィラ!」
《人界》に降りたった彼女が、第一歩でそのままに前のめりに倒れる。《信業》なしならきっと間に合わなかったろう。ふわりとくずおれた彼女には意識がない───気絶している。
「越界酔いか? こんな症状があるなんて……」
最悪のタイミングで、最悪の症状が最悪の対象に出た。
こうなったらヒウィラは完全なお荷物で、しかし彼女を《魔界》インスラへ無事に届けるのが絶対目標だから《魔界》アディケードへ送り返すわけにもいかない。気分が悪い程度なら無理にでも来てもらうが、こうなったら……。
「ムクジュ、姫を背負え! 何があっても取り落とすんじゃないぞ!」
「了解!」
《蛮魔》は魔族の中でも屈指の力自慢の種族というのは、人族側からの一方的な偏見ではなかったらしい。大柄な彼がヒウィラを背負い、両手で握った棒で尻を支える。これで、彼は運搬に注力するしかない。
その間を守るのは俺たちの仕事だ。
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