134話 人魔境界その7

「アレヤ部隊長とすれ違いに、ニーオもいたんですよ」


「なにっ、ニーオリジェラ様がか。それは───それは、惜しいなぁ……」


 堅物のアレヤ部隊長らしくもなく、ニーオとニアミスしたことを本気で悔しがっている。というのも彼女は《火起葬》のニーオのファンで、すっかり心酔しているのだ。俺が彼女の部隊に配属されるより前から、神聖騎士として働いていたニーオに、彼女は一度救われたのだという。


 あのときのニーオリジェラ様の凛々しさは言葉にできぬ。これが恋かとも思うほど、頬がカッカしてな。


 そう熱っぽく言っている部隊長に、俺は『たぶんそれニーオの《信業》の余熱ですよ』と言ったら殴られた。


「そういえば、部隊の皆はどうです? コグィオとか」


「ん? みな変わりない。というかどうしてそこでコグィオロギの名が出る。お前、あいつと仲良かったか?」


 いや別に、何となくですよ、と口にはするがそんなことはない。あくまでいち同僚、名前を出したのには別の理由がちゃんとあるがアレヤ部隊長には明かせない。


 彼女は事情の渦中にあって事情を知らないのだから。


 ───そう。何を隠そう、俺の元同僚、コグィオロギ・ウェルゴスムスはアレヤ・フィーパシェックに惚れている。彼の口癖は「俺、この任務が終わったら部隊長に告白するんだ……。俺の名前ウェルゴスムスを受け取ってください、って……」であり、それが口癖になっているということはつまり、悲しいかなその踏ん切りがつかない気質であることを意味している。俺が征討軍を辞めてから、何か進展はないものかと思っていたが、世の中そう大きくは変わらないものらしい。


 まあ、さして期待はしていなかったが。


 そのあともあれやこれや近況を交わし、ふと。


「ところで部隊長、ここに来たのは───」


「ああ。聖究騎士殿の要請でな。私の部隊は《魔界》突入組だ」


「おお……。そりゃあ、抜擢ですね……。気を付けましょう」


 実力者揃い、実績なのは知っている。とはいえ、師団の中から選りすぐられるほど段違いに優れているかと言われれば、それは疑問だ。


 考えられるのは、俺の存在。信庁は俺───ディゴール都市付き神聖騎士代行のユヴォーシュ・ウクルメンシルがかつてアレヤ隊に属していた事実を知っているから、俺が《魔界》に行くのに同行するメンバーを選ぶとき、その点を考慮に入れた可能性はある。


 つまり、アレヤ隊に何かあれば巻き込んだ俺の責任もある。


「……何を考えているかは分かるぞ、ユヴォーシュ。気負うな、お前が気負って何かが良くなるとは思えん」


「───よく、分かりましたね。俺の考えてること」


「分からいでか。私が何年お前の上官をやっていたと思っている」


 どういうえにしであれ命令に従い戦地に向かうのは兵士としての仕事であり、責務だ。何のてらいもなく言ってのける彼女は、やはり強いんだなと再認識させられる。


 俺の中にほんのわずかあったらしい不安が、鮮やかに吹き散らされるのを感じる。


「……行く前に会えてよかったです、部隊長。少し肩の力が抜けました」


「おう、それなら何よりだ。その様子だとやはりお前も《魔界》入りするようだが、まあ、安心しろ。《信業遣い》はお前だけじゃない。ロジェス氏と、彼の選んだ神聖騎士たちもいる」


「えっ」


 言われてみれば当然で、神聖騎士の頂点、選ばれし九人の聖究騎士たちには部下がいる。魔王を討つほどの大事ともなれば引き連れてこないほうがおかしいのだが、《真龍》事件で単身ディゴールに滞在していたイメージが強すぎて頭からそんな常識を除外してしまっていた。


「全八名、いずれも魔王軍との実戦経験のある猛者とのことだ。私たちに出番はないかもしれないぞ、実のところ」

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