131話 人魔境界その4

 会議はロジェスの一声に反駁できず、すごすごとお開きになった。


 俺はニーオを呼び止める。


「お前、ディゴール出るって本気かよ」


「アタシは忙しいんだよ。というか、帰ってきたってことは『バズ=ミディクス補記稿』は回収できたんだよな?」


 俺が問い詰めるはずだったのに、ニーオはまるでチンピラか何かのようにガンを飛ばしてくる。怯んでいられない、主導権を奪われれば何も情報を得られないまま俺が責め立てられて終わりだ。


「さあ、どうだかな。先にこっちの質問に答えなきゃ、どうなったか俺も忘れちまうかもしれん」


「てめぇ……。まあ、いいだろ」


 俺は意外に思う。今までの、幼馴染としてのニーオならここで退かなかったように覚えている。神聖騎士として成長したのかと考えると少し感慨深くなるのはおこがましいだろうか。


 ニーオはニーオで、『ユヴォーシュちゃんは融通が利かないなア、やれやれ、ここはお姉ちゃんが譲ってやるとするか』みたいな顔をして、


「そろそろに移りたくてな。お前が戻らなくても、『バズ=ミディクス補記稿』が回収できてなくても、どっちみちアタシはそろそろこの街を離れる予定だったんだ。ちょうどお前が戻ったからそれを口実にしただけさ」


「好き勝手しやがって……。準備って、何のさ」


「そいつは秘密だよ。お前、以前アタシの誘いを断ったろ、だから教えねえ。心配しなくても、その時が来たら分かるさ」


 それ以上は押しても引いてもさっぱり何もゲロんなくて、俺は最終的に諦めるしかなかった。どうせ碌でもない悪巧みだろうし、そういうのを止める役回りはいつもだいたい俺に押し付けられるんだ。


 全く損な役回りだと俺がボヤくと、ニーオはひっひひと笑った。




◇◇◇




 ちゃっかり『バズ=ミディクス補記稿』をせしめていって、シナンシスの義体新造にも言ったんだか言わないんだかあやふやな礼だけしていって、彼女は本当にその日のうちに探窟都市あらため前線都市ディゴールを去っていってしまった。


 俺はニーオに押し付けられた都市付き神聖騎士代行という大役をどう受け止めればいいか分からずにいる。


 俺が知る限り、都市付き神聖騎士のそういう役割はかなりの重責と、同時にとんでもない特権を持つ役職だ。俺が生まれ育った聖都では信庁の目が厳しいからそんなことは出来っこないが、西方のそれなりの都市なんかではちょくちょく、そういう噂を聞きかじったばかりだ。


 ───都市付き神聖騎士が、その特権を濫用して好き放題やっている、と。


 神聖騎士が派遣される都市というのは条件がある。その一つが人口で(それ以外は忘れたが)、ちょうど神聖騎士が派遣されるギリギリの大きさの都市なんかだと、告発とかもされ難いってんで悪辣の限りを尽くすやつはいるらしい。まあ、現物をこの目で見たワケじゃないけど。


 ふと考える。そういう悪徳神聖騎士なんて名前からして矛盾したヤカラを、もし本当にこの目で見たとして、対面したとして、どうするだろうと。


 ……なに馬鹿なこと考えてるんだろう、俺。そんときになってみないと分からないって、ガンゴランゼで思い知ったじゃないか。


 身内なかまに手を出せば、悪徳じゃなくてもきっと歯向かう。そうじゃなきゃ、知らないままなら、俺はそこまで必死になれない。


 そんなもんだ、俺なんて。随分と身勝手で自由気ままなもんじゃないか。───ニーオと何も変わらない。


 ガンゴランゼの時は旅の仲間たちが危険に晒されてたからガンゴランゼをぶっ飛ばして、今はディゴールが脅かされているからどうにかする。ただ、ちょっと顔見知りの範囲が広いだけ。


 そう考えれば、やることは大して変わらない。


 俺は、行こう。


 魔王をぶっ飛ばしに。

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