123話 賢人愚行その7
ウィーエはへたり込んでいるだけで支障はなさそうだから、落ち着くまでそっとしておく。
あっちの方で血の池を形成している何者かのなれのはて、どうしたもんか。
その中に変な黒い球体が二つ。これもよく分からないから後回し。
床から生えた手に掴まれて失神している男。これも放置。
やはり、それよりも気にすべきは。
「コレ……というか彼女だな」
「そうだね」
どこからどう見てもクァリミンの死体。似た別人かとも思ったが、確かに同一人物だ。ただ違和感はある。
まず、死んでから随分と経過しているように見えることだ。死後硬直もひどく、腐敗にまでは至っていないが一見して分かる死体ぶり。
そしてこれは印象の問題なのだが、俺たちと話していたクァリミンとどこか違う。クァリミンは存在感が希薄で、それは彼女曰くの《幻妖》の種族特性という話だったが、それだけではなかった。
扉をすり抜ける物質透過能力。完全に姿を消して奇襲できる透明化能力。そういうことができる彼女は、生命感にも希薄だった。言い換えれば生きている実感、命の躍動感とかそんな感じに表現してもいい。さっきまでの彼女には、そういうものはなかった。
ここに寝かされている死体の彼女には、不思議なことに、それがある。死体ながらもかつて生きていた死体として、物質的存在感は遺されている。
───駄目だ、分からん。
とりあえず俺が《冥窟》に潜ってから今までの間に死んだワケではなさそうだから、時間経過でそこまで悪化することもないだろう、と無根拠な決めつけをすることにする。
「投げだしたー」
「ほっとけ」
大机の上には、推定クァリミンの死体以外にもめぼしいものがあった。そういえばそんなものもあった、そもそもはそれを追いかけてこんな西の果ての地の底までやってくるハメになった代物。
「───『バズ=ミディクス補記稿』」
古い革表紙の綴じ本。こうして《冥窟》のゴールに置いてあると、いかにもそれっぽい雰囲気がある。これを図書館から勝手に持ち出して怒られたから、返すために探しに来ただけなのに、随分とまあ。
「ユヴォーシュさん。『バズ=ミディクス補記稿』、見つかったんですか」
背後からウィーエに声を掛けられる。俺は肩越しに、
「ああ。ここに置いてあった、どういう経緯で───」
「じゃあ、それを渡して下さい」
冗談とは思えない声色の、冗談にしてはタチの悪い言葉を聞いて、ゆっくりと振り返る。
ウィーエは意識を失っているガンゴランゼと聖讐隊の少女たちのそばに立っていた。
───その片手に、人ひとりくらいなら簡単に焼き尽くせそうな火球を携えて。
「……ウィーエ」
「これを解き放てば、そこらへんの人たちは死にます。そういう魔術です」
「ウィーエ」
「説得は無駄ですよ。私が何だか知っているでしょう」
「ウィーエっ!」
「───私は愚かな、愚かな魔術師なんです。私にとって魔術よりも大事なことなんて、この世にない」
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