121話 賢人愚行その5

 ユヴォーシュ・ウクルメンシル。信庁に歯向かう愚か者。


 《》と目される男。


 人としてありべからざる、先天的不信仰の要注意人物。ヴィゼンでの公開処刑乱入後、神聖騎士筆頭、《灯火》のディレヒトへの報告の際に聞いたとき、ならば俺が手ずから殺さねばならないと確信した男。


 その危険性は理解していた。だから各地に派遣して情報収集をさせていた聖讐隊の全員を招集して、彼だけを追うために使ったのだ。


 負けるものか。負けてはならない、断じて。




 聖讐隊に合わせてガンゴランゼ、総勢二十三名の意思のもと殺到する殺意の奔流。ユヴォーシュが立っている位置を取り囲むように世界を割り裂く破滅的攻勢が、しかし真っ向から食い止められる。


 彼から放たれた放射光が、全方位のギフトを受け止め、それ以上近付くことを許さないのだ。


 小癪な、それが貴様の絶対防御圏───《光背》か。ならばその光をへし折り絶ち切ってしまえばいい。ガンゴランゼが特上の憎悪を込めて放った一撃が、広がって薄まっていた《光背》を断った。


「───ッ」


 ガンゴランゼの《信業》は不可視だ。余人の目には見えないはずのそれを、感じられないそれを、ユヴォーシュは反射的に魔剣アルルイヤで切り払う。


 いくら魔剣、いくら《遺物》であろうと、《信業》を防ぐことなど出来はしない。異能ちからとしての格が違う。断裂し隔絶する空間にあって、魔剣アルルイヤはぱっきりと折れるはずが、しかし。


 黒い《顕雷》が迸る。魔剣を折らんとしたガンゴランゼの《信業》が放っていた紫電だ。


 強度対決をあっさりと制して、アルルイヤはガンゴランゼの《信業》を貪り喰らった。


「馬鹿なッ、そんなことが───」


 考えられるのは、ユヴォーシュが魔剣を《信業》で強化していたか。それならば格の違いは関係なく、純粋な出力勝負になりはする。だがそれはそれで腑に落ちない。《光背》で防げなかった全力の断絶を、魔剣強化に費やした《信業》で受け止められるとは。


 《顕雷》を残して、ユヴォーシュが視界から消えた。


 疾走は超高速。空間転移と見まごうほど瞬間的に、かつ衝撃波を生まない完全な抑制を以て、剣士がガンゴランゼの背後を取った。


「貰ったッ!」


 事実ガンゴランゼは反応できていない。まだ振り返る動作の途上にあって、どうやっても間に合わない。以前の会敵で額をカチ割られたのを警戒してか、《光背》を展開したままだから反撃も徹るまい。


 殺られる。彼一人ならば。


「ガンゴランゼ様ッ───」


 聖讐隊の古株、ジェウェが《。まさか彼女から《信業》を向けられるとは思いもしなかったらしく、完全な奇襲となってユヴォーシュの腕が刎ね飛ばされた。魔剣を握ったまま宙を回転する自分の腕を、一瞬だけ驚愕の瞳で見つめる。するとユヴォーシュの切断面と、宙にある腕の切断面が《顕雷》で繋がる───そして逆再生するように


 何という、恐るべき迅速はやさ。ガンゴランゼが人数で対応せざるを得ない高速戦闘の最中だというのに、それに追いつく速度で欠損を治癒してしまうとは!


 ユヴォーシュが再び姿を消す。最奥を縦横無尽に走り回ることで、ガンゴランゼの《信業》から逃れる算段だ。


 聖讐隊がガンゴランゼを中心に散開し、言われずとも各自の担当方向を警戒する。複数人で視ていれば死角はない、単純だが有効な手段だ。


 ユヴォーシュはガンゴランゼを狙っている。彼が《信業遣い》なのは確実、陣形の要なのも一目瞭然。ならば彼から倒そうとするのは必然であり、聖讐隊もそれが分かっているからガンゴランゼの警備を欠かさない。


 どうやら、とガンゴランゼは見積もる。どうやら、ユヴォーシュという男は随分と甘ちゃんのようだ。ガンゴランゼおれだけを狙って、聖讐隊たちには手を出そうとしていない。そうと分かれば、聖讐隊を盾にすれば負けの目はなくなる。紳士気どりの愚か者か、性欲に取りつかれた猿か、どんな輩であっても異端は異端。どう殺すか以外、違いはない。速度を捉えられないなら、その自慢の速度が落ちるまで待つ。


 双方攻めあぐねて、時間だけが過ぎていく───均衡を打ち破ったのは、少女の声。


「───ユーヴィー、楽しようとするなッ! コイツら群体だッ、全員ブッ斃さないと止まらないぞ!」


 それは上体だけの有様から発されたバスティの喝。道中、一層から最奥までを聖讐隊に運ばれ、同行した彼女だからこそ得られた情報だ。


 まだ動けるのだと、一撃で壊れた魔術人形ではなく何かを納めた義体だったのだと、気付いた聖讐隊のジリエが抱えていたバスティを破壊しようとして───その瞬間、ユヴォーシュの黒い刃が走り抜ける。

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