120話 賢人愚行その4

 まずスフォルク。彼の首が飛んだ。


 次いで、その背後にずらりと並んでいた理の庵。誰一人、まともな抵抗もできなかった。もとからそうであったようにふつ、ふつと音もなく人体が分かたれ、後追いで血が噴き出して絶命していく。


 絶滅していく。


 あっという間に、二十数人ぶんの血だまりと人肉のぶつ切りの山が出来上がる。


 酸鼻。凄惨。


 魔術師としてに慣れているウィーエとて吐き気を催す光景にもガンゴランゼは無感情。


 彼には憎悪しかない、とは魔術師界隈でもっぱらの噂だ。どれだけ骸を積み上げても喜色のかけらも見せはしない。彼はただあの日の光景を形作るものを憎んでいるだけで、その原因が取り除かれた喜びも、あの日の悲劇の再発を食い止められた安心も、ない。そんな感情は燃え尽きている。


 灰の瞳がウィーエを視認する。


 思わず、ひ、と声が漏れた。聖讐隊の賛歌が響き渡っている間は、どういうわけか魔術も《直通鍵いぶつ》も効果を発揮しない。つまり今そこにへたり込んでいるウィーエはただ一人の少女でしかないのだ。


 何かないか。状況を打開できる手が、誰か残っていないか。


 父祖カストラスとクァリミンは、おそらくあの黒球の中だと直感している。理の庵が持ち運んでいた封印結晶、解呪するには時間が足りない。何か動きを見せた瞬間、理の庵の面々の後を追って神の御許へと送られること間違いなしだ。


 《幻妖怪盗》クィエイク。この状況を打開できるなら敵でも構わないが、彼はまだエリオン真奇坑の外でノビているはずだし、ぐるぐるに縛り上げてきたから起きても手出しはできまい。


 バスティはガンゴランゼの引き連れる少女の一人に上半身を運搬されるがまま。《信業》が直撃したのだ、耐えられるはずがない。


 《冥窟》の主、マゴシェラズ。未だスフォルクの作り出した腕の像に握られ項垂れている。───静かなところを見るに、魔術戦の時点で意識を失ったのか?


 あとは、


「助けて下さい、ユヴォーシュさん……!」


 かつん。


 かつん。


 足音は急いていない。エリオン真奇坑を潜るにあたって、ここまでも同じ足取りで来たのだから、今更慌てることはないというように。


 この期に及んでゴールした、最終走者はただ一人。


 無所属の《信業遣い》。《光背》のユヴォーシュことユヴォーシュ・ウクルメンシルが、ゆっくりとエリオン真奇坑の最奥に現れた。


「随分と……」


 まったくの無表情。しかし、付き合いの長くないウィーエでも十二分に分かった。───激怒していると。


「好き勝手してくれたもんだな。ガンゴランゼ」


 胸のすく快音と共に、魔剣アルルイヤが抜き放たれる。底光りすらしない真黒の刃が、《絶滅》のガンゴランゼに向けられる。




◇◇◇




「ユヴォーシュ・ウクルメンシル……。ヴィゼンで逃がした借りは返してもらう」


「借りはこっちの台詞だ。俺と知ってるなら手加減は無用、覚悟しやがれ」


 ガンゴランゼに覚悟そんなものはない。そんなものはあの日に焼き尽くされた。


 あるのは憎悪だけだ。


 だが、憎むべき者たちを滅ぼすために、ただ感情的に暴れ狂うのでは駄目だと経験則は告げている。彼が聖讐隊を組織し、少女たちを引き連れているのも、それが理由だ。


 神々に選ばれし聖究騎士たち、《割断》のロジェスや《火起葬》のニーオリジェラのような、魔族どもを滅ぼす超常の中の超常、一握りの超人には、彼一人の力では届かない。


 では諦めるのかと言われれば、彼は否と答えたのだ。


 聖讐隊。彼が集めた、彼と思想を共有する少女たち。


 《信業》の素質こそないが、魔族や異端ですべてを失ったその憎悪はガンゴランゼと同等・同質だ。魔術師───正しくは祈祷神官でもある彼が開発した讃頌式奇蹟によって思考を共有した、一種のネットワークを構築した彼と彼女らは、全体で一人の《信業遣い》に等しい。その頭脳、その感覚器官、その体力、すべてを共有して敵を絶滅させる群体生物の巣が、聖讐隊の本質だ。


 構成員が少女ばかりなのは、その感応性───かんなぎとして同調することを見込んでのこともあるが、単に彼と憎悪を共通できる人間がほとんどいないこともある。魔族に襲われ、すべてを失い、なお生きているような者など、よほどの存在価値がなければありえまい。そういう者たちを受け入れ、同じ志を共有し、纏め上げて。


 聖讐隊と共にあれば、彼は聖究騎士にも匹敵するほどの力を行使し得ると自負している。


 ───だと言うのに。


 そう思っていたのに。


 何だ、こいつは!

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