119話 賢人愚行その3
ガンゴランゼ・ヴィーチャナは、西部の小さな町の生まれだ。
周辺の草原での牧畜を主たる産業として暮らしていた町は、ある日その平穏を失うこととなる。
魔族の襲来である。
雲霞の如く押し寄せた奴らは、瞬く間に財を奪い、人を殺し、そして街を焼き払った。生存者は数えるほどで、そのうちの一人がまだ幼い時分のガンゴランゼだ。まだ八つかそこらの話である。
彼は討伐に来た征討軍に保護され、コロージェ神殿の孤児院に入る。それらの事情説明を受けている間、彼は外界にろくな反応を返さなかった。
彼が感情を露わにするのは、決まって目覚めた直後。夢の中でリフレインする惨劇のあの日の光景に、絶叫しながら飛び起きて、顔といわず手といわず血が出るまで掻きむしりながらころすころすと叫ぶのが、彼の唯一の感情表現だった。
当然、まともな睡眠などとれたものではない。ガンゴランゼ少年の両目は落ち窪み、幽鬼の如き容貌となり果てた。毎夜掻きむしる傷と、院で他の孤児たちから受ける暴行───これも謂れのないものではなく、彼のせいで他の孤児も安眠妨害になって嫌われていたのだ───であちこち痣だらけ。
食事もまともに喉を通らないからガリガリに痩せ細っていき、彼は誰からもすぐ死ぬ、もう死ぬだろうと思われる少年時代を過ごした。
そんな日々が、三年続いた。
到底生存できるはずのない生活も、何だかんだ続いている限りは受け入れられていた。それが崩れたのは、征討軍の兵がまた来た時のこと。
ガンゴランゼと同様に親を失い征討軍に保護された孤児が、彼のいる孤児院に預けられることとなった。それ自体はこの三年間でも何度もあったことだが、それまでと違ったのは担当の征討軍事務官が、以前ガンゴランゼの手続きを担当した人物だった、という点に尽きる。
事務官は以前預けたガンゴランゼがここにいることに気づき、久しぶりに顔でも見ていこうと考えた。応接室に連れて来られたガンゴランゼは相も変わらず生ける屍のようだったので、事務官は哀れに思ってつい立ち入った話をしてしまった。
君の町を襲った魔族と、手引きした異端者。あのあと征討軍が討伐したから安心してくれ、と。
次の瞬間、応接室に《顕雷》が迸る。
ガンゴランゼの暴走した《信業》が、そこいらにあったものをズタズタに引き裂いたのだ。
不運な事務官は、無事だった。
───多分、あの人は正しい人だったから無事だったんだとは後のガンゴランゼの談。もしも彼が異端だったならば、俺と俺の《信業》が赦しはしなかっただろう。こんな風にな。そう語る通り、彼はその後神聖騎士となり、魔族と異端者とそれに与する者を悉く殺して回ることとなる。
彼の故郷、生まれ育った町が焼き尽くされた原因は、それらだから。
彼の町には、魔神信仰の異端者が潜伏していた。そいつが内部から手引きして魔族を引き入れたのが襲撃の全容と、征討軍の調査では記されている。
彼の行動原理は憎悪ただひとつ。あらゆる他の感情は、あの日の炎と共に焼け落ちた。
ならば、聖讐隊とは───?
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