106話 暗貌談話その5

『お願いします、メール=ブラウさん。力、借りたいンです』


「つってもなぁ、ガンゴランゼ、俺もイマ忙しいんだぜ?」


 共鳴環の向こう側で、きっとガンゴランゼは歯噛みしているのだろう。その表情がありありと浮かぶようで、通信相手のメール=ブラウは苦笑した。


 プラチナブロンドの髪は男性にしては長めに整えられている。甘いマスクと相まって神聖騎士でも指折りの色男ではあるが、彼の本質はそこにはない。


 メール=ブラウ・フォシェム。


 神聖騎士。《信業遣い》。


 その中でも選ばれし九人───聖究騎士の一角、《鎖》のメール=ブラウが彼の通り名だ。


 ガンゴランゼを見出し、神聖騎士になるよう導いた先達でもある。


「ニーオのやつはアレコレ暗躍してるし、ロジェスのやつは相変わらず何考えてるか分かんなくて気持ち悪いし、ディレヒトは鬱陶しいし。ナヨラに至ってはまたどっか行っちまうし。あー……ったく、ホント碌なやついないよ聖究ナインス。ガンゴランゼもさあ、お前そんなところで足踏みしてないで上がって来いよ。一枠空いてたろ」


『気軽に言わないでください。聖究騎士に選ばれるかどうかは小神様の御意向なんですから』


 ボヤきながらも、目をかけている舎弟であるところのガンゴランゼが聖究騎士になれないだろうことを彼は承知している。


 彼はどうしても真っすぐすぎる。正直者すぎる。素直すぎる。


 彼のように、そして世間一般の神を崇める人々のように、神に負けてしまうような自我の持ち主では聖究騎士にすることはできない。てもそれに耐えられない。この世の真実を知ることで、きっと折れて狂って堕ちてしまう。


 そんなヒラ神聖騎士たちが哀れで、惨めで、だから愛しい。


 俺が導いてしゃぶり尽くしてやらねばならない。それがメール=ブラウの行動原理である。


「まあ、色々あって俺はイマは手伝ってやれない。頑張れよ、お前、目標があんだろ?」


 水を向けられて、共鳴環越しにひゅうと息を呑む音がする。メール=ブラウは知っている。そこをつつけば、彼は何度でも奮起できるのだと。


『俺は───俺は魔族と異端とそれに与するクソどもを絶滅させるんです』


「そうそう、それそれ。そういうところさ、俺が気に入ってるのは」


 そういう愚かなところ。


 世界の仕組み上、そんなことが出来るはずもないのに、子供みたいな夢を堂々と掲げる青さ。


「応援してるぜ、嘘じゃない。頑張れよ」


 発破をかけるだけかけて、通信を切断する。


 ここは聖都イムマリヤ、信庁本殿内の彼の自室。座る椅子ごと回転させて向き直って、


「これでよかったのか? ケルヌンノスさんよ」


「ああ、助かったよメール=ブラウ。今きみが行くととてもまずい。俺に貸しを作って、ここは我慢してくれ」


 長い枝角を持つ妖精王の使者、ケルンことケルヌンノス。彼の来訪がなければ、そして制止がなければきっとガンゴランゼの救援に応えていたはずで、それはそれで面白そうだったから、


「期待していいんだな? あんたの言う、を」


「ああ。世界がひっくり返る瞬間は、もうすぐそこだ」

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