094話 術士抹殺その5

「『バズ=ミディクス補記稿』は今どこにある」


「さあ、どこだろう。知らないな」


「はあ? じゃああんた、西へって言ったのは……」


「質問が悪い。私はどこにあるかは知らないよ。ただ、西に向かっているであろうことを知っているだけだ」


「どこにあるか知らないのにどこへ向かってるか知ってる……? おいカストラス、分かりやすく説明しろ」


 やれやれと肩をすくめ、カストラスは説明し始める。


 曰く。


 学術都市レグマを離れた彼は、故あって西部へと進路をとった。途中、隠智学会と名乗る魔術師集団と接触したのは、魔術の触媒を求めてのことだったというが、これが裏目に出た。


 持てる知識と触媒の交換の最中、都市政庁のガサ入れがあったのだ。先頭に立って突入したのは、《絶滅》のガンゴランゼ。隠智学会の魔術師たちはそうと知らず全力で抵抗し、結果的に全滅した。巻き添えでカストラスも一度は死んだが、うっかり蘇生してしまったところを拘束され、『バズ=ミディクス補記稿』も押収された。


「なら都市政庁が持ってるんじゃないのか?」


「愚かすぎて言葉もないな」


「ユーヴィー、大人しく待ちたまえ」


「ユヴォーシュさん、すみませんが……」


 カストラスは唯一の残りとして拘束され、尋問を受けるもこれを黙秘。使い物にならないと判断され、魔術師どうるいを釣り出すための囮として公開処刑となり、後の顛末は俺が突っ込んだ通りだ。


 問題は、その間。


 カストラスが拘禁されている間に、都市政庁に侵入者があった。


 彼あるいは彼女の素性は不明。だが、人の口に戸は立てられぬと言う通り、看守が噂していたその名は───《幻魔怪盗》。


「《幻魔》? 魔族か? 自己隠蔽に長けてるって話だが、それがまたどうして《人界》で盗賊をやってんだ」


「さあ、私が知るものか。そもそも《幻魔》かどうかも怪しいものだ」


「私も噂で聞いたことがあります。何でも目撃者が誰もおらず、《幻魔》の仕業であるとされ名付けられた、と」


「だが仮に魔族だとして、どうして西に向かうことになるんだい?」


「魔族だとしたら、だ。『バズ=ミディクス補記稿』を活用するとしたら、読み解いた魔術をで使う必要がある。魔族ならば、《魔界》で、だ」


 その言葉に、ウィーエは指を鳴らす。


「───そうか、西には……! 父祖は、サンザリーエアの安定《経》で越界されることを危惧しておられるのですか」


「そうだ。《幻魔》が『バズ=ミディクス補記稿』を《魔界》に持ち込んでしまえば、取り返しのつかないことになる」


 俺は疑問が浮かんだので、挙手して発言をする。……こんな風に話すのは学院以来だ。


「《魔界》に持っていかれることを考えるなら、安定《経》だけじゃなく不安定《経》のことも考えないとダメじゃないか。その《幻魔怪盗》が開けるようなことがあったら───」


 魔術師二人カストラスとウィーエが、揃って呆れたような顔を見せる。俺は間違ったことを言ったか? 俺が《枯界》から帰還したように、《信業遣い》ならそれくらい……。


「君を基準に考えるなよ、ユヴォーシュ。言っておくが不安定《経》による越界なんてものは、投身自殺とそう変わらないものなんだぜ? 移動手段じゃない、死因分類なんだ。《信業遣い》ですら考えない。じゃなかったら、信庁が《虚空の孔》刑なんてものを考案すると思うか」


 そういうものなのか……。


 視界の端でバスティがくすくす笑っているが、それに突っ込むと話が脇道にそれて戻ってこれなくなる。まだ聞かなくちゃいけないことは山積してるんだ、これ以上話題を増やしてたまるか。

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