073話 龍戮戦線その9
この《人界》をどこかと繋ぐ《経》を、今まさにこじ開けているというのか。
俺が《経》構築を妨害すれば、《真龍》は核の保持・復元に力を注ぐだろう。このまま一刻も早く核を破壊するしかない。それが最善だ。そのはずだ。
「───くそっ!」
核を木っ端みじんに斬り刻む。どの一撃が致命傷になったかも分からないまま、ついに《真龍》の意識が《人界》から引き剥がされた。
急速にそこから存在感が失われていくのが感じられる。奴の展開していた《経》構築の《信業》も完遂されることはなく、不安定なままやがて崩壊を───
するはずが、突如として安定し始める。
「馬鹿な!」
俺も一度はくぐり、一度は開いたから知っている。異界への《経》は、よほど念入りに安定させなければ勝手に閉じて消えていく不安定《経》になるものだ。それだって必死の思いをして開くのだから、安定《経》など死に物狂いで維持するような代物だろうに!
《真龍》が死した今、《魔界》との《経》を開く者はいない。ここにはそんな───
ここにはいない、だけか。
《人界》には。
あちら側、《魔界》から《信業遣い》が《経》を開こう、維持しようとしていれば話は別で、あとはそいつの力量次第となる。《真龍》が開くのを知っていたのか、それともずっと待っていたのか、偶然にもタイミングが一致したということはないだろうがどうあれあちら側に《経》を開いている者がいる。
止めなければならない。
壊さなければならない。
「なの、に───」
どうして、俺の腕はアルルイヤを手放している?
どうして、俺は膝をついている?
どうして、動けない。
どうして───
◇◇◇
ディゴール壁内には未だ複数体の《龍人》が確認されており、その排除は急務だ。だが、最優先すべきはその母体でもある《真龍》の排除。《真龍》とユヴォーシュが、もつれ合って近郊の森に墜落したことを受けて、ハバス・ラズは手勢を集めると現場に急行した。
そこで目撃したのは、死したる《真龍》の骸と、意識を失って倒れる傷だらけのユヴォーシュ。そして、彼の目前で開き切った、何処へ通ずるとも知れぬ安定《経》だった。
……ハバス・ラズはディゴール運営を預かる一角である。
彼も、彼とて、ユヴォーシュ・ウクルメンシルは排除できるならしてしまいたいと考えたことはある。
今なら、それが可能だ。
《信業遣い》と言えど寝こけていれば排除は容易だ。彼の炎陽の魔剣であれば死骸も残らない、灰にしてしまえば後始末など造作もない。彼は既に抜剣していた魔剣を握ると、
鞘に収め、人を呼びつけて、ディゴールへ運び込んで治療するよう命じた。
《信業遣い》について未だ知られていない事実は多い。機会に飛びついて始末しようとしてしっぺ返しがあれば、それは手痛い程度で済むものではないはずだ。それに彼にはまだ利用価値がある。今回ディゴールのために動いたという実績があるならば、今後もうまく使えるかもしれない。《真龍》についての情報や、《経》についての情報も持っているかもしれない。
内心でそんな打算が渦巻いていたことを、彼は否定しない。
その上で、
「……礼を言う、ユヴォーシュ」
彼は未だ意識戻らぬ青年の方を見ずに、そう呟いた。
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