071話 龍戮戦線その7
荒れ狂う《真龍》の飛翔の中、俺はそれを聞いても慌てはしない。
『貴様らが殺すのだ! 貴様らが見捨てたのだ! その罪噛み締めて───』
「あのッ……なぁ。俺は見捨ててないっつーの……!」
風圧でうまく口が回らない。舌を噛みそうだがこれだけは言わせてもらうぞ、羽根つき爬虫類。
「テメーこそこの街舐めんなよ、ン十年お前を食いモンにしてきた街だぞ……!」
俺はまた一歩、《真龍》の心臓に向かって這いずる。
俺には分かる。バスティを通じて、街の人たちが戦っているのが、感じ取れる。
ジグレード・バッデンヴァイトが、グレートソードを振り回して《龍人》と切り結んでいる。《真龍》の免疫眷属を向こうに回して、一歩も引かない剛剣だ。その傍では、彼女の探窟仲間たちは、街中での戦いでも危なげない。
カリエとレッサに戦う力はない。だが、彼女らも出来ることを必死にやっている。孤児たちの避難を誘導し、空を見上げては《真龍》を観測している。彼女らの眼はバスティの眼であり、俺の眼ともなる。
都市政庁が彼女らの避難先を定める。総督の妻オーデュローシサー・ラーゼン───《蟒蛇》のオーデュロは全警邏を動員している。彼女も前線に出て、避難誘導、外的排除、消火活動を指揮しているのだ。
俺の逗留している“アルジェスの星見”亭の主人と下男たち、ニーオの手で焼け出された“ハシェントの日時計”亭の従業員たち、買い物をした市場で見かけた人々、関わってきた多くの人間。
……もしかしたら、異端聖堂のムールギャゼットも、どこかで戦っているのかもしれない。
みんな頑張っている。
「だから俺が、お前を
鱗を一枚一枚素手で引っぺがすような前進。
《真龍》の体構造など分からない、これを肩甲骨と呼んでいいのか知らないが、翼の付け根まで到達した。もうあと僅か、
『死ぬのは貴様だ虫けらめ!』
衝撃が背後から襲ってきた。
これは、地面に、
激突しやがった───!
◇◇◇
《真龍》はついに乱暴な手段に出た。手の届かない体表面にへばりついたちっぽけな障害を、岩肌にこすりつけることで排除することにしたのだ。
飛翔の勢いを殺さぬままのため、《真龍》も無傷では済まない。鱗が剥げ、血が噴き出し、翼を支える骨も折れたようだが問題はない。《真龍》の身体は《冥窟》核を心臓とした義体であり、どう構築すれば修復できるか完全に把握している。プライドに傷がつくし、痛覚も存在するからやりたくはなかったがこれ以外に手段がないと判断したのだ。
地表を抉りながら巨体が突き進み、完全に停止した。
これだけの運動エネルギーを加えられて、無事な《信業遣い》は存在しない。《真龍》はそう確信する。同種の《真龍》とて、受け止め方を間違えれば義体の崩壊すら起こり得る。それほどのタックルだった。
《真龍》は痛みに呻く。ここまでする必要はなかったかもしれない。敵はもう一匹いるのだ。早急に義体を修復し、離陸しなければあの火球群が降り注ぐのは火を見るように明らかだ。
だから立ち上がらなければ。
仰向けの体勢からひっくり返る。四肢に力を込め、身を起こした《真龍》はぼたぼたという多量の液体が零れる音を聞く。
長い首を曲げて原因を探る。
背から翼の脇を抜けて、致命的な血液が流れ落ちていた。───とても人族の血液量で賄える量ではない。
龍の血だ。
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