067話 龍戮戦線その3

 《真龍》は、《信業》を扱える。


 そもそもが完成された龍という存在の不条理。


 あの巨体で、宙を舞い、火を吐く。無限に成長し、自ら何かを生み出さずとも生存が可能。そんな生物をありのまま受け入れられるほど、世界の法則は寛大ではない。その無理を通す《信業》であり、《信業遣い》。


 《冥窟》跡の丘から離陸した《真龍》は、長い尾をなびかせながら悠々とディゴール上空を旋回し始める。ロジェスの予想通り灼熱の息ブレスを放って街を火の海にすることはないものの、飛翔する巨体から何かが降り落ちていた。


 代謝を促進しての、龍鱗の脱落。


 大盾ほどもあると見積もったユヴォーシュの認識は正しい。それが何枚も何枚も落ちて、ディゴールの街に墜落する。あちこちに突き立った龍鱗は、《真龍》の《信業》によって変成されていく。


 出現したのは、剣と盾で武装した《龍人》だ。


 《冥窟》内で出現し、多くの探窟家の命を奪う怪物。大柄な成人男性よりもなお巨大な、直立二足歩行の蜥蜴は血に飢えている。《真龍》の作り出した《冥窟》に出没するモンスターならば、《真龍》が作り出せるのも道理である。


 街中のあちらこちらから悲鳴が上がる。《真龍》の飛翔は現実感を奪ったが、《龍人》の暴虐は身近な危機感を取り戻させた。冒険者が多いといっても、あくまで比率の話であって非戦闘員たちにはどうにもできない。


『怯え、逃げまどい、そして死ね。ちっぽけな人族ども』


 《真龍》の《念話》は死刑宣告。手の届かない高高度をゆったりと飛ぶその巨躯から、再び龍鱗がこぼれ落ち───


「死ぬのはテメェだクソ《真龍》! 撃ち墜としてやらァな!」


 《顕雷》を帯びたが渦を巻く。


 《信業》によって緻密に制御された火球が複数、降り注ぐ龍鱗と激突する。祝祭日の花火のような爆発が弾け、大半の鱗は損壊して落下軌道もディゴールからそれた。


 それしきの戦果でニーオは止まらない。更に火球を展開すると、火砲の如く斉射する。


 《真龍》が羽ばたく。信じられない加速度を得ても、《信業》の火焔には勝らない。直撃だ───空を見上げていた一部のディゴール住民が拳を握った瞬間、




 《




 瞬くように存在そのものが点滅し、在りて無きが如き刹那が混在する。跳ねるように位置座標が混乱する。直撃弾だったはずの火球は、突如発生した異常現象のせいで一発たりとも命中しないまま、はるか雲の上へと消えてしまった。


 ニーオは宿の屋上で地団太を踏む。


「《点滅ブリンク》か」


 冷静に観察していたシナンシスがつぶやく。本来は魔術、自己を極短時間だけ特異領域に転移させることで攻撃をやり過ごす空間操作術だが、《真龍》のそれは格が違う。ニーオの火球は同時の着弾ではなく、時間差をつけて中るように工夫されていた。それにも関わらず、あの大型飛行蜥蜴はすべて躱してみせたのだ。


「《信業》で強化してやがる、クソッ!」


 ターンして急降下する《真龍》の口腔に真紅が満ちる。


 あれを受け止めるのはマズい。ニーオとシナンシスは飛びのき、息吹は街をなめる。ニーオが宿泊している宿を含め、近隣十数軒が瞬間的にした。ブレス攻撃の火力、射程、持続時間、それらを分析しながらニーオの《信業》が唸りを上げる。焼け跡を蹂躙している炎がそれに操られて


 高所から《真龍》とニーオの激突を観察するロジェスが呟く。


「───《火起葬》、やる気か」

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