アンブレラリアンの悲願
え、あんた、知らないのかい? ビニール傘は、生きてるって。
そうさ、あんただって、いつの間にか増えた傘の数に、ある朝とうとつに気づいて驚いたこと、あるだろう? 増えるのさ、生きてるからね。透明なバサバサに玄関を占領されたくなけりゃ、二本以上置いておかないことだ。同じくらいなくすから大丈夫だって? ああ、それは一番多い死に方だね。死ぬのかって? 死ぬさ。ついうっかり傘を置き忘れられた傘はね、風の強い夜に外に出て、大きく開いて飛んでいくのさ。風ってのは、傘のことが大好きだからね。しょっちゅう、傘をめくっては怒られてるだろ?
だから傘たちは、風に命じて自分たちを運ばせるのさ。どこにかって? 決まってる、傘のあの世だよ。そう、あの世があるんだ、傘にも。といっても、廃品回収場でもなければ焼却炉でもないよ。あんただって死んだら天国に行きたいだろ? 傘だって同じさ。高く高く飛んだ先にある傘のあの世で、傘たちは生まれ変わる。曇ったビニールの膜をやさしく磨かれて、さび付いた骨は取り替えられて、えぐれた持ち手は丹念に補修される。まさに、傘の天国さ。こうして生まれ変わった傘が、またコンビニに並ぶってわけだ。え? 折れた傘はどうなるかって? ああ、そいつはみんなが一番恐れる死に方だ。跳び上がれない傘は、天国に行けない。土に返れないあたしたちが、どんな気分で延々と枯れ葉の上に寝そべってるかなんて、考えたことないだろう? 悪いこと言わないから、傘を忘れた日に限って雨に降られたくなきゃ、折れてもちゃんと処分した方がいい。そう、処分だ。あたしらの一番理想の死に方はね、持ち手が脂で光って、骨がさびてきいきい鳴って、先端がすり減って穴が開いて、それでようやくビニールを剥がされて、火に溶けることだね。人間の感覚で言えば、慣れ親しんだ家の敷き布団の上で看取られるようなもんさ。あたしらは人に使われるのが役目だからね。それを全うするために、天国まで行っては帰ってくるんだから。
さて、あんたには二つ選択肢がある。この豪雨の中、折れたあたしを捨て置いて走って帰るか、それとも止むまで待って、あたしを家に連れて帰るか。あたしの見立てじゃあ、三十分もすりゃあ雨は止むよ。傘の言うことさ、信じなってね。もっとも、忙しいあんたに三十分はとっても貴重だってことは、近くで見てきたあたしが一番知ってる。なにより、あの子のお迎えに間に合わないってこともね。だから、置いていっても恨まないさ。こんな話をしたのは、知っておいて欲しかっただけだよ。あの子の遠足の日に、わざと雨を降らしたりしないから、気にすることはない。……え? 第三の道だって? ははあ、これは参ったね。あんた、ずぶ濡れじゃないか。折れた傘なんて、さしてたほうが濡れちまうよ。え? あるもんは使わないと損だって? まったく、傘使いの荒い主人にあたったもんだ。
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