26.叔母さんに話してみると
◇
御入居者は日曜日ということもあり、昼食を銘々で取られた。
片桐さんは朝からずっと厨房に籠ったままで、11時を過ぎても食堂にいるのは悠馬さんと私の二人だけだった。
二人でテーブルに向かい合い、ホール業務の分担を打ち合わせていると、叔母さんが食堂に姿を見せた。
「悠馬君、環ちゃん、今日も忙しくなると思うけどよろしくね。片桐さんに昼食、食べちゃうように言っておいてね」
「オーナーは、もうお食事はお済みですか?」
「うん、さっき従業員控え室で食べてきちゃった。駅前のパン屋さんの明太子フランス、皆の分もあるからどうぞ」
「ありがとうございます~」
悠馬さんが屈託のない笑顔を叔母さんに向ける。
彼の明るさに救われる思いがした。
「オーナー、今日、閉店後にお話ししたいことがあるんですが……」
「最近、私も環ちゃんに頼りすぎね……本当にバタバタしててごめん! 今日は、ゆっくり部屋で話しましょう」
叔母さんは、そそくさと笑顔で食堂を去っていった。
日曜日の店内は、いつにも増して賑やかで、沈んでいた私の気分を少しだけ晴らしてくれた。
悠馬さんがホールにいるだけで、お店の雰囲気に明るさと華やかさが増し、私だけで接客していた昨日に比べ、ワンランク上の空間に感じられる。
ルックスの良し悪しは生まれつきに因るところが大きいのかもしれないけれど、その人が放つ存在感や身に纏う空気感は、生活を送る過程で生まれてくるものだと思う。
悠馬さんは、そのどちらも手にしていた。
片桐さんには料理の才能、悠馬さんには接客の才能がある。
(私には秀でるものが何もないけど、自分らしいやり方でルミエールの力になれるように努力しよう……)
という思いが、その時の私を突き動かしていた。
◇
最後のお客様をお見送りした後、悠馬さんが私の側に寄ってきて、
「環ちゃん、お疲れ様。今日は本当にありがとう。俺一人だったら、どうなっていたか……」
そう言って私を労ってくれた。
「どういたしまして。私なんかで良ければ、また何かの時はお手伝いさせてね」
「んじゃ、よろしく……なんてね。あまりこちらで環ちゃんを借りたら、石川さん達にヤキモチ焼かれちゃうからさ……そんなことより、今日は、もうオーナーのところに行って! 」
白い歯を覗かせて悠馬さんが笑う。
「うん、ありがとう。じゃあ行ってくるね」
悠馬さんが『頑張れ』という意味らしきジェスチャーを送ってくれた。
何だかその姿が可笑しくて思わず笑ってしまう。
私の頭の中で、少しずつ叔母さんにどんな風に話をしようかイメージが固まってきた。
(よし!)
勢いよく食堂のドアを開け、私は叔母さんがいるであろうエントランスへ向かった。
「なるほどね……まあ、田村さんが日本での滞在を延長して、その滞在先を旧友の片桐さんがいるルミエールに決めたという話を聞いた時点で何かあるのかもなとは思ってたけど、そういうことだったのね……」
「……はい」
「で、片桐さんは何て言ってるの?」
「私が片桐さんに直接、話を聞いた訳ではないんですけど、田村様の話では、いい返事がもらえていないそうです」
叔母さんは腕組みをしながら、暫くの間、黙り込んでいた。
一通り話し終えた私は紅茶と叔母さんの持ってきてくれたお菓子に、ようやく口をつけ、人心地ついた気分になる。
「そうね……田村さんが言ってることは間違ってないわね。私は片桐さんを始めとして、従業員の皆に相当無理を強いていると思う。だけどね、うーん……」
叔母さんは上手く言葉で言い表せない自分に苛立っているようだった。
私はペンダントライトの明かりできらきらと光る紅茶の水面を眺めながら、彼女の次の言葉を待った。
「これ以上、ルミエールの事業規模を拡大する気はないの……あくまでも、この小ぢんまりとした雰囲気を大切にしたいのよ。カフェやスイーツの売上げが好調なのは有難いし、収益的にも助かるけど、人と人との繋がりを第一に考えたいから……」
「そうなると従業員の人数も安易に増やせませんよね……」
「うん、難しいところよね。今のアットホームな雰囲気をなるべく崩さずに、利益もあげて、従業員の皆にも無理なく快適に働いてもらいたい……私もどうしたらいいか、ずっと考えてて……」
先ほどまでの寛いだ雰囲気は消え失せ、部屋に重苦しい空気が漂い始めた。
「オーナー、私、片桐さんや悠馬さんがいてくれたから、今のルミエールがあると思っています。二人の勤務状況を考えて、年明けに雇用する調理担当の方以外に、もう一人、ホール業務に従事してもらう人を雇用するというのはどうでしょうか?」
「ええ、ホールの方もどうにかしないと悠馬君にも申し訳ないわね……もう少し時間をもらえるかしら。片桐さんの引き抜きの件は私から彼に話をしてみようと思うけど、それでいいかしら?」
こういう場合、オーナーである叔母さんが話をするのが一般的かもしれないけれど……
「あの……私が片桐さんと話してみてもいいでしょうか?」
「うん、環ちゃんが話しづらくなければ……もしかしたら片桐さんが心変わりをして、私達の望まない返事を聞くことになるかもしれないけど……それでも大丈夫?」
叔母さんは心配そうな顔を私に向ける。
「はい、覚悟はできてます。もし残念な結果になったとしても、このまま片桐さんに思いを伝えないのは嫌なんです」
「えっ⁉ 何? 環ちゃん、貴方、まさか……」
「ち、違います!! そういうんじゃないですから……仕事仲間としての思いです」
「もぉ~、びっくりさせないでよ。クリスマスも近いし、こんな状況だから誤解しちゃったわよ」
叔母さんのとんでもない勘違いで、張り詰めていた緊張の糸が一瞬にして緩んだ。
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