第136話 ゲームマスターは常に近くで監視している

「救世主よ」


 姫の城を出て数歩のところで、僕は呼び止められた。

 その声は、か細く弱弱しかった。


「アスミさん」


 僕の代わりにガイアが応えた。

 5大ギルドマスターの一人だ。

 そんな人が僕に何の用だろう?


「あ、どうも……。えっと、確かプログラマの……」


 珍しい職業だなというのが、僕が彼女に対する第一印象だった。

 そして、その独特の風貌。

 丸眼鏡にぼさぼさの黒髪。

 背が小さく細い体。

 デニム地のジャケットにズボン。

 モンスターとまともに戦える恰好じゃない。

 だけど、レベル93。

 各ステータスはそれなりに高いが、プログラマという職業でその値が妥当なのかは分からない。

 スキルは公開されていないので僕からは見えない。


「あ、あの……」


 背の低いアスミは背伸びして僕の顔を見つめた。


「ふぅん」


 メガネレンズ越しの彼女の黒い瞳に、僕の顔が映り込む。


「何ですか?」


 僕の問いに彼女は黙ったままだ。

 僕の顔をじっと見てるってことは……もしかして僕のことを……

 背中にガイアの痛い視線をなぜか感じる。

 フィナが横で何だかワイワイ騒いでいる。


「……いや、なに……。救世主とはこんなデザインの顔になるんだと見ていただけ」

「デザイン?」

「意外に普通の顔グラフィックだ」


 僕は目が点になった。


「ユウタさん。彼女は……」

「私から話そう」


 ガイアの言葉を遮り、アスミはこう続ける。


「自己紹介が遅れたな。私の名はアスミ」

「ユウタです」

「私はゲームマスターの子孫」

「ゲームマスター?」


 オウム返した僕に、アスミは頷く。


 

 僕らは街の喫茶店、人から離れた角の席で向かい合っていた。

 大事な話があると切り出したアスミは、この場所を指定した。


「大丈夫。この席は結界が張られていて私達の会話は、他の人間には聞こえないから」


 アスミはこの店の馴染みで、こういった特別な席を用意してもらっていた。

 各種店の店員はNPCだ。

 仲良くなれば彼らは、そんな気の利いたことをしてくれるのだろうか。


「で、話とは……」


 僕は緊張していた。

 彼女が初めて話す相手だったし、得体が知れないからだ。

 俯いたまま、


「ソースコードが」とか、

「バグが」とか、

「性能が」とか、


 ブツブツ言っている。

 こんな感じで良く5大ギルドのギルドマスターになれたな、と思う。


「この世界、つまりゲームについて」


 俯いていた彼女は顔を上げた。

 僕は頷いた。


「うん」


 目に少し光った。


「この世界は魔界プロジェクトというゲームなの。私の祖父はそのゲームの開発に携わったエンジニアであり、ゲームマスターでもある。否、死んだから、あったと言うべきか」


 アスミは無表情で、珈琲のマグカップ片手にそう言った。


つづく

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