第4章 2012年 その14 日本

   「日本」


白き薄き花弁に紅さす「山茶花」を 口ずさみつつ垣根を曲がる


書に倦めば 夏は畳にどつたりと冬は炬燵にもぐる日本


女学生弓引く日々の黒袴 ぴたり畳みて寝圧しの準備


ふるさとと言ふには淡き七輪の炭の香 畳屋 新茶を煎る香

  

山ふかき兵庫に行きて関東の人驚くと 吾は逆なり




   「銀杏の頃」


冷え込みし冬空の下振り返る 黄色に温し輝く公園


このときぞ五井駅広場 こがらしに万朶と黄の鳥賑はひ立てり


黄金の五井駅前となりしかな 風といちやうの切りなき乱舞


空色の川の巡りの野の上に 風強ければ機影静止す




   「血縁」


待て待てと追ひかけゆけば転ぶまで逃げて 幼児の鈴ふる笑ひ


諦めし物理の夢の誇らしく 理科の友とふ名を子に与ふ   ==孫の命名


やつと一つ釣れし小魚焼きたてを親子で分けし 白き河原に


物差しを失ひし親 敗戦の子の自由あり終戦生まれ


生垣の中に小鳥のひそやかに団欒らしき ご馳走は何




   「老いる日々」


待ちぼうけ海路の日和ざわざわと をつとかつまか生き残り賭く


老眼に許してをりし隅々の塵 灰色に西日の射角


新しき命は生るれ 去るわれら長寿百年めざせどいつか


瞼閉ぢなほしずしずと湧きこぼる冬涙雨 金柑に降る




   「百円バス」


考へは休むに似たり バス降りて光なき空おろおろ歩む


電線の警告 空が発しゐて見回してみる霜寒の朝


蔦の葉の紅の図案をつい眺め信号赤に わがバス逃す


生温き凩激し 人絶えて乗り合ひバスを待つ月忌日




   「世間」


政権の右傾化支ふる若き声 ネットの中の居場所しか無き


カラオケの箱根の山に轟ける唄声の快 わがはまるやも


雪と雨のあはひのミスド 小女子の小声の会話嗚咽へと変はる


天空の鏡面ビルに映るバスの窓にわが顔あり見詰め合ふ

                ==ビルの谷の首都高速

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