第3章 2011年 その9 台風

   「夏の終わる気配」


我に似る笑顔のままの弟の空に浮かびて 今なほたよる


目覚めねどしばしの別れ 夏来れば花さるすべり必ずや遇ふ


その朝に目覚めぬ我に涙する人あるまじも 彼方待たるる


虫の音のふいに美し霊祭り 彷徨さまよひゐるや涼風吹けば


秋や立つ 風の音には驚かね虫の一声聡くも聞きぬ




   「共同生活」


牡丹色に エノコログサの茂みよりひとつ光りぬ松葉の細く

                      ==ヒメマツバボタン


牡丹色 ねこじゃらし等のジャングルに声を揚げたる希望か花か


おんぼろの車に寝転び閉ぢこもり 雨水流るる夫との暮らし

                ==宿なしならず、豪雨に立ち往生


日々来たるヤモリの腹の消えし窓 おおかまきりはカンナに無事に




   「台風」


ひとつ咲き二つ目が咲く翌日に紅濃くちぢむ 隣りの白さ

                   ==酔芙蓉 不思議な咲き方


歌はねば消えていくのみ刻々の千切れ雲さん 切り取りますよ


あれやこれ胸騒ぎして閉ぢ籠る暗き部屋々々 台風を待つ


台風が屋根をどどつと撃つ中に蝉の一声 深夜にありぬ


大風の雨戸揺らすに家の無き人等の濡れて いづこにぞいる


暗雲のまたかかり来と吐息すも 花の輝き大風に克つ


黒雲を薙ぎつつ 青と白雲の速度をまして輝く侵攻




   「秋の彼岸」


彼岸すぎ夏を見送る花鋏 百日草の色は末枯すがれず


関西に卒寿の恩師 研究になほ勤しめる人生の秋


収穫の苦瓜にがうりふたつ 恐竜のやうに抱きて裏声ホホイ


月まだし十六夜いざよいにして つくつくと鳴くもしばしや絶え果つるらむ




   「心萎え」


心萎え 空も仰がずコンビニの高き声にも無言にて過ぐ


ああそこにべにの水引 いたづらに回転しつつ真白く笑ふ


何となくひともと庭に茎あるを 手折る間際の紅の水引


からたちに畏れ屈みて白秋も歌はざりし香 未知の香をかぐ

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