第3章 2011年 その8 弟を失う

   「東京湾アクアライン」


息子よりメール応答なきときは 無関心より不穏の理由


いち人に命預けて心急く 高速バスは燃ゆる地球を


利用する羽田空港普段着に 時にはもし旅の華やぎ


水枯れむ小庭さにわ思ひて急かるれど バス待つ足にねんざの兆し


空港に夢溢るるを見つつは食欲もなき 夏のからぶり


忙はしさに長く見ざりし夕空に ビルの頭のごとき淡月 ==高速バスより見る


湾にやや白波立ちて銀色の 鴎と機影風に乗りゆく


菅笠すげがさおうな汗拭き休みゐる草はらに わがまなざし憩ふ




   「白い朝顔」


青白き涙の色を思はする朝顔咲きて けふまた雨らし


写しおかむ 赤のはずなる朝顔の青白なれど待ちわびたれば


陽と雨とこもごもの朝 露草の紫匂ふ青きらびやか


去年こぞまでは桜と竹の家に居て 重力のごと蝉は時雨れき


ジイジイと一匹の蝉聞きてよりさらには増えず 樹のなきこの地


柿の木の切り株ありて細きに葉は繁りたる 紅葉ぞ待たる




   「弟逝く」


夏来れば誕生日あり死ぬもあり 弟死にたり今年の盆に


白百合と笑顔の父と 一枚の写真に浮かぶ互ひの祈り


晴れし日の夕空星の光り初む 群青色を好みたる人


その淡きあまりに淡き花色の ホテイアオイの薄紫の


思ひ出は大き水がめ 金魚ゐて祖父と眺めし薄紫よ


朝すでに積乱雲の貼り付きて 倒れ来るかの二次元の空





   「とつおもいつ」


右耳にけふミンミンと珍しも ジイイが普通われは蝉の樹


寝転べば畳の固さ 垂直の底の四方は平らかにして


夏の旅恋してた頃 麦わらの洒落た帽子を風が奪った


かすかにも夢見の世界 先代の皇后とかにて言葉を交はす


そこそこに幸運なりしを台無しにして 賜りしおごらぬ心


千本の竹刀の素振り 師の曰く時に神様降りて虹色


朝顔の絡みし蔓をほどくごと 机上のケーブル敬して分つ


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