第93話 正義のルール

 ――ガチャ……


 薄闇うすやみの中、静かにドアが開いた。


「遅れて悪かった。それで、北条の具合は……?」


「「……」」


 残念ながらその問い掛けに、誰一人として反応する者はいない。


 それはそうだろう。

 そろそろ薄日が差し始めてもおかしくないぐらいの頃合いだ。

 眠気ねむけと言う意味では、ちょうど今がMAXと言って良い。


「あぁ、えぇっと……来栖くるすさん、お疲れ様です」


 とは思いつつ。

 誰も返事をしなさそうなので、仕方なく僕が返事をする事に。


 しかしなぁ。

 流石に横になったまま挨拶あいさつって言うのも、目上の人に対して失礼だよな。


 ぼけまなこのまま、左右を見てみれば。

 僕の両隣では、いまだ真衣まいとクロがちいさな寝息をたてて眠ってる。


 なんだか二人を起こすのも悪いし。

 それに、真衣まいの結構なが僕の背中を圧迫。

 更に、僕の腕の中のクロときたら。

 これがまた、良い具合の暖かさで……。


 晩春とは言え、山間のゴルフ場ともなれば、結構寒さもこたえるレベルだ。

 なんにせよ、この暖かさとふわふわ感ってヤツは、人類が決してあらがいようの無い、神聖かつ不可侵な領域にあると言えるだろう。


 なんじゃそりゃ。


 って言うかさぁ……。

 その両方を手放すなんて、いまの僕に出来る訳が無いよ。

 絶対に、無い。

 誠に残念ではあるけれど、ありえないとだけは言っておこう。


 え? 目上の人への礼儀はどうするのか? って?

 そんなもん知った事か?

 ヤルか? ヤルんだったらいつでも相手になるぞ。

 でも相手をするのは僕じゃなくって、壱號いちごうだけどな。


「おぉ、寝てたのか。って言うか、寝てて当たり前だわな。起こしちまって悪かったな。そのまま寝ててくれて構わねぇよ。その様子だと、北条の方も何とかなったみたいだしな。俺も一杯だけコーヒもらったら、事務所の方に戻るわ」


 来栖くるすさんは僕たちに背を向けたまま、慣れた手つきで壁際に置いてあるコーヒーメーカーを操作し始めた。


 恐らく、まだやらなければいけない事があるんだろう。

 一応大人として、僕たちの様子を見に来てくれた、と言う感じか。

 となれば、やはりこの格好のまま……と言うのは、申し訳が無い。


 僕は断腸だんちょうの思いでクロのやわらかな肢体から手を離すと、決して二人を起こさないよう細心の注意を払いながら、少し薄汚れた毛布の中からい出して行ったのさ。


 ――コポコポコポ……。


「ほらよっ」


 そんな僕の行動を予測していたのだろうか。

 来栖くるすさんは僕の方へ振り向きもせず、そっとれたてのコーヒーを差し出して来る。


「砂糖かなんかはテーブルの端の方にあったと思う。自分で勝手に入れてくれ」


「あぁ、えぇっと。ありがとうございます。ブラックで大丈夫です」


「ほぉ、そうかい。そう言えば、俺も中学の頃までは砂糖ドバドバ入れてたんだが、高校生ぐらいの時かなぁ。ブラックで飲む様になったのは」


 うぅぅむ。まさにその通りだ。

 完全に見透かされている。


 自宅に居た頃は、僕もガッツリ砂糖を入れて飲んでたっけ。

 って言うか、中学の頃はコーヒーを飲む習慣自体なかった様な気がする。


 そして、高校生になってからは、他人の目を気にするようになったって言うかさ。

 他の皆もそうしてるから……って言うか。

 まぁ、コーヒーをブラックにする理由なんて、その程度のモノなのかもしれないな。


 ――ボフッ


「ふぅぅ……」


 来栖くるすさんはれたてのコーヒーを手に持ったまま、部屋の中央にあるソファーへと腰を下ろした。

 僕もそれにならって、対面の席へと腰かける。


「で? あの後の事を聞かせてもらえるか?」


「あぁ、はい。結局あの後、真瀬さなせ先生が病院に運んでくれる事になって、車崎くるまざきさんと一緒に都内の病院に向かっていただきました。とりあえず、いまのところは小康状態の様です」


「そうか。でも、病院の方での受け入れは大丈夫だったのか?」


「えぇ、僕が針原先生に成り代わって電話しておきましたので」


「そうか……なるほどな。ゼノン神の祝福の力か」


「……えぇ、そうです」


 そうか。

 来栖くるすさんもの人間だったな。

 僕の能力も当然、把握はあく済って訳か。


「それはそれで、不幸中の幸いだな。で、お前はミックさんのCOREも持ってるのか?」 


「いいえ、もう一人の方はCOREを奪う前に殺してしまったので……すみません」


「あぁ、いや。謝らなくても良い。もともと、人間としてもどうか? って程度のヤツだったからな。この世からいなくなってくれて、せいせいしたって言うのが本当のところだ。ただまぁ、ヤツが突然この世から居なくなると、場合にもよるが、警察が介入して来るかもしれねぇしな。そうなると、なにかと面倒なんだよな」


 なるほど。

 借金まみれの人間を殺しても、さほど大きな問題は起きないんだろう。

 もともと、『人で無し』なヤツらが多いんだろうし。

 突然いなくなっても、困る人間は少ないのかもしれない。


 だけど、狩る側の人間は、表面上は普通の市民として生活しているはずだ。

 そんな人間が消えたとなると、その家族や関係者が警察に通報するかもしれない。


「まぁ、これも不幸中の幸いだが、ミックさんの方はもともと独り者だし、狭真会ウチに借金もある。自宅と大学病院の方に何度か取り立て屋を送り込んでおけば、本人が勝手に飛んだと思われるだけだろう」


「ははぁ……そう言うものですか」


 確かに、狭真会きょうしんかいが借金の取り立てに来て、本人を探していると言う事になれば、仮に誰かが警察に捜索願を出したとしても、狭真会きょうしんかい自体が疑われる事は少ないのかもしれない。


 ん? でも警察ってそんなにバカか?

 最初に暴力団とのかかわりがバレれば、それを最優先で調べるんじゃ……。


「ははっ。警察に通報されたら、逆に疑われるんじゃねぇか? って顔してるな?」


 うっ、図星だ。


「大丈夫さ。取り立てにヤクザが関与してるって分かった時点で、誰も関係を持とうなんて思わねぇよ。つまり、誰も警察に通報しないって事だ。警察だって、誰からも捜索願が出て来なきゃ、仏さんが見つかりでもしない限り、表だって動く事はねぇ」


「なるほど。予防効果もあるって事ですね。でも死体がみつかっちゃうって事は?」


「それは万が一にもねぇな」


「……と言うと?」


「簡単な話さ。何しろヤツの死体は、今頃俺の可愛い子分たちレッサーウルフの腹の中だからな」


「あぁぁ……なぁるほど」


 来栖くるすさんが僕の顔を見ながら、大きくうなづいている。


「俺は組の中で死体処理を専門に請け負ってるんだ。上部組織の中じゃあ死肉にむらがるジャッカルになぞらえて、俺の事をジャッカルって呼んでるらしいな。来栖くるすって名前より、よほど通りが良いそうだ。当然、このビジネスには裏の顔がある」


 いやいやいや。

 死体処理の段階で、十分に裏の顔だから。

 更にその裏があるとなると、裏のうらは表って事になっちゃうんじゃね?


「その裏の顔って言うのが、知っての通り、神殺しの前哨基地を維持するって言うこの仕事さ」


「あぁぁ……」


 あったわ。

 裏のうらに。

 更に表に出せない、裏の顔がもう一つあったわ。


「向こう側の世界から、結構な数のレッサーウルフを兵力として呼んだからなぁ。これを維持するのは意外と大変なんだよ。何しろヤツら良く喰うからさぁ」


 よ、よく喰うって……ナニを?


「って事で、死体処理をビジネスにしときゃあさ。向こうから勝手に人肉がやって来る訳よ。しかも報酬までもらえるって寸法さ。このビジネスを思いついた時にはちょっとしびれたねぇ」


 ですよねぇ。

 人肉ですよねぇ。

 って言うか、そのアイデアが浮かぶって時点で、ちょっとドン引きだわ。


「でも、そのレッサーウルフたちって、普段はどこに居るんですか? なんか、呼び出した時には『時空の狭間はざま』みたいなところから現れましたけど、やっぱりそう言う、異次元的な感じの所に居るんですかね?」


 なんか、出現した時のエフェクトがエグかったもんなぁ。

 めちゃめちゃプラズマ的なヤツが飛び交っちゃっててさぁ。

 あれ、絶対に『時空の狭間はざま』から呼び出してる感じだよね。


 もう、なんて言うの?

 無限ストレージってヤツ?

 うわぁ、異世界転生の時の、スーパーレアアイテムじゃん!

 めちゃめちゃ、厨二ちゅうに心をくすぐるわぁ。


「いや、この建物の地下に居るよ」


「え? 地下? 地下ですか?」


 即答かよ。

 しかも、地下かよ。


「そう。地下の倉庫。この前まで外のプレハブ小屋にいれてたんだけど、ちょっと雨漏りしちゃってさぁ。プレハブ小屋が治るまで、地下の倉庫に移動してもらってるんだわ。かなり狭いもんだから不評でさぁ。夜なよな、運動不足解消も兼ねて外に出してやらなきゃだし、結構、レッサーウルフを飼うのって大変なんだよなぁ」


 ねぇ、なにそれ。

 チワワを飼うのって、結構大変なんだよぉ……。

 的な感じで言われてもねぇ。

 魔獣を飼うのって、そんな感じで良いの?

 そうなの? そんなんで良いの?


「そ、そうですか。でっ、でもあの、びかびかーって感じのあの空間って、アレなんだったんですか?」


「おぉ、アレね。アレは俺の能力だ。アプロディタ神の祝福で、召喚能力ってヤツだな」


「召喚っ! マジっすか! めっちゃ格好良いじゃないですかっ!」


 キターーー!

 めっちゃ異世界っぽいヤツ、キターーー!!

 ひぃぃぃ! 欲しい! 無限ストレージほしぃぃ!


「でもなぁ、今後はお前とも共同で戦線を維持して行かなきゃだから話しておくけどよぉ……この能力、あんまり使えねぇぞ」


「そうですか? 僕にはメチャメチャスゴイ様に見えましたけど」


「大体なぁ、俺の能力は召喚って言っちゃいるが、実際のところ空間と空間を繋ぐだけの能力にすぎねぇ。特に何かを呼び出す事が出来る訳じゃねぇんだ」


「と、言いますと?」


「だから、呼び出してるんじゃなくて、『どこでもドア』みたいに穴が空くだけなの。自分の呼びたい魔獣が居たら、予めそこを通って出てくるようにって、魔獣達を仕込んでおく必要があんだよ」


 あぁ、なるほど。

 空間に穴が空くだけで、実際に誰を呼び出すのかは、決められないと。


「だからかぁ。呼び出す時に、レッサーウルフ! って、声に出して叫んでたんですね」


「そうなんだよ。あれが結構こっずかしくってさぁ。最近じゃ犬笛とか使えねぇかなぁって練習してんだけど、やっぱ、言葉で普通に呼ぶのが一番言う事聞くんだよなぁ」


「そ、そうですね。流石に叫ぶのはちょっと恥ずかしいですよね」


「だろぉ! しかも、結構声張らねぇと、奥の方に居るヤツまで俺の声が聞こえてねぇ、って事にもなりかねんし。ホント、微妙なんだよなぁ。なんだったら、誰かコッチに一人居てもらってさぁ、中からヤツらを追い出してもらえると、結構楽なんだけどなぁ」


「は、はぁ……」


「それにさぁ、帰る時がまた、結構シュールなんだよ。出す時はヤツらも元気いっぱいで出て来る訳よ。そりゃまぁ、外に出られるって思ってるから、割と言う事聞いてくれるんだけど。帰りってなると、途端に帰りたがらなくてさぁ。もう、一匹ずつ捕まえて、穴に放り込む必要があんだよなぁ。しかも、ちょっと目ぇ離すと、また穴から出て来ようとするしよぉ」


 なんなん? それ。

 もう、それって動物園って感じだよね。

 なんだったら来栖くるすさんの事が、人の良い飼育員に見えて来たわ。


「でっ、でもですよ。これって、リアル『どこでもドア』じゃないですか。それだけでも使い勝手は無限大って思いますけど」


「そうかぁ? ちなみにだけど、接続できるのは予め俺がマーキングしておいた場所で、かつ三か所のみだ」


「え? 三か所だけ、ですか?」


 少なっ!


 僕がすこしガッカリした様な顔をしたせいか。

 来栖くるすさんたら、突然饒舌じょうぜつに。


「なんだよぉ、不満なのかよぉ。これでも俺ぁ多い方なんだぞ。本当だからな。だいたい、召喚士の能力を持ってるヤツ自体も少ねぇし、そのほとんどは、接続場所を二つしか持てねぇんだぜ」


「二つと言うと……二か所に飛べるって事ですかね?」


「いや、二か所の場合は、入り口と出口で一か所ずつ。つまり、どこか固定の場所しか繋げねぇってこった」


 うわぁ……使えねぇ。

 固定の場所って。それって一体。

 全然『どこでもドア』じゃなくって、『どこかに固定』ドアじゃん。


「あぁ、いや。でも遠くに移動できるって事は、それだけでも利用価値があるって言うか……」


「うぅぅん。そうは言うけどさぁ。俺自身、この空間通った事がねぇんだよなぁ」


「え? 通った事無いの? あぁ、いや、通った事無いんですか?」


 あまりの事に、思わずタメ口になっちまった。


「そりゃそうだろ? お前だって、あんな得体の知れねぇとこ、通りたくねぇだろ?」


「それはまぁ、そうですけど」


「それにさぁ、結構距離があると指定した場所がブレるしさぁ、空間自体が安定しねぇんだよなぁ。魔力も使うしよぉ」


 でもそれだと『どこかに固定ドア』ですらちがくて、『ちょっとそこまでドア』でしかないじゃん。


「それに……あぁ、そうそう。前に一回、特異門ゲートを開いてる途中で魔力切れ起こしちまってさぁ、するとアレって、突然閉まるんだよなぁ」


「しっ、閉まる?」


「そう、閉まるの。でもって、どうなったと思う?」


「どっ、どうなったんですか?」


「真っ二つだよ」


「まっ、真っ二つぅ!?」


「そう、真っ二つ。丁度通過しようとしてたレッサーウルフが、胴の所で真っ二つに切れちまってさぁ。あれって、結構スッパリ行くのな。おかげで、次に呼び出した時に残りのレッサーウルフたちがビビっちまってよぉ、しばらく誰も通らなくなっちまってさぁ、ホント、苦労したわ。あはははは」


 あはははは。

 じゃねぇよっ!

『通りゃんせ』じゃねぇんだぞ!

 危なっかしくて、使えねぇよ。

 なんだよ、この能力はよぉ!


「って事で、いまの俺の能力としては、接続先として向こう側の世界に一か所、この建物の地下に一か所。あとはそれを呼び出す場所を随時一か所って事で、それ以外の場所に接続する事すら出来ねぇ。しかも、距離が遠いと空間が安定しねぇから、非常に危険。って事で、あまり使える能力とは言い難いって感じだわな」


 マジか。

 ホントにクソ能力だな。

 僕は、こんなヤツに負けたのか?


 うぅぅむ、って事は。

 やはり戦う相手の能力はしっかりと事前調査しておく必要がありそうだな。

 まぁ、僕が負けたのはレッサーウルフな訳で、別に来栖くるすさん本人に負けた訳じゃ無いから、まぁ、良しとするか。


「さて、詳細な計画はこれから詰めて行くとして、ようやく戦力が整った訳だ。これでようやく教団とガチで喧嘩けんかが出来るぜ」


「え? もう教団に攻め込む気ですか?」


「そりゃあそうだろ? 今回は現世で最大戦力と言われるグレーハウンドの使い手を送ってもらったんだ。これで攻め込まなきゃ、俺が殺されちまうよ」


 なるほど、確かにがあれば、教団に攻め込む事が出来るのかもしれない。……だけど。


「タツヤ。お前の言葉には誤りがあるな」


 ん? この声は。

 振り向いてみれば、クロが肘枕ひじまくらの格好で僕ら二人を見つめていた。

 単に僕たちの話し声がうるさくて、寝ていられなくなっただけかもしれないけど。


「現状、我々の最大戦力は私のグレーハウンドじゃない。その男、タケシの持つブラックハウンドだ」


「えっ!? ブラックハウンド!? くっ、クロさん。ブラックハウンドは空想上の生き物じゃ……」 


 来栖くるすさんが尋常じんじょうじゃない狼狽うろたえかたをして見せる。

 そんなに驚く事なのか?


「タケシがブラックハウンドの使い手として、その力を発現したのは間違いないぞ。私がこの目で見たんだからな。ただ……どう言う理屈かは分からんが」


 なんだか自嘲じちょう気味に説明を続けるクロ。

 どうやら、本当にその理由が分かっていないらしい。


 恐らく、グレーハウンドとブラックハウンドに生物学的な差異は無いはずだ。

 ん? 生物学的? それを言うなら魔獣学的、かな?


 ようするに、発現させる時の魔力量によって、その姿が変容しているだけに過ぎないからな。

 僕が魔力量を制御してクロのCOREを呼び出せば、壱號いちごう弐號にごうになる事は分かってる。更に魔力量を限度いっぱいまで注ぎ込めば、ブラックハウンドになるのも間違いない事実だ。


 まぁ、出世魚みたいな感じかな。

 って事は、魔力量を小さくするとレッサーウルフになったりするのかな?

 いや、それは無いな。

 魔力量を小さくすると、クロみたいになっちゃうし。

 ウルフと言うよりは、完全にネコだ。

 恐らく、レッサーウルフとグレーハウンド系では、完全に種類が違うって事なんだろう。


 でも、変だな。

 クロ達の世界には、グレーハウンドの力を持つ人の中に、ブラックハウンドにまで成長させるだけの魔力量を持つ人が、たまたまいなかった……って事なんだろうか?

 そんな事ってあるのかなぁ?

 本当はクロだって魔力量さえあれば、ブラックハウンドを発現出来るって事なんだけど……。

 まぁ、それは言わなくても良っか。


「そうかぁ、ブラックハウンドかぁ……分かったぜ。それでありゃあ、教団の襲撃を更に早めた方が良いだろうな。ブラックハウンドが味方ともなれば、完全に俺達の戦力が勝ってる。クロさん! ヤツらが余計な準備を整える前に、徹底的に叩き潰してやりましょうや」


 おいおい、何を言ってんだ?

 戦うのは僕だぞ?

 なんで僕の承諾しょうだくも無しに話が進んじゃうの?

 しかも、主力が僕って、どうなの?

 それって、ホントマジ、どうなの?


「ちょちょちょ、ちょっと待って下さいよ。百歩譲って、教団を叩き潰すのは構いません。僕だってクロとそう約束してますからね。でも、その前に僕の方の問題も片付けてもらわないと」


 本当に僕たちで、教団のヤツらに勝てるのかなぁ?

 アイツら、結構強かったよね。

 それに、多少あなどっていた事は認めるけど、実際問題、来栖くるすさんの飼ってるレッサーウルフにすら負けてるからね、僕。


「ん? 犾守いずもりの問題って言うのは何だ?」


 来栖くるすさんが僕に向かって、怪訝けげんな表情を見せる。


「僕の目的は、僕の親友を死に追いやった佐竹を潰す事。それと、行き掛かり上、助ける事になった北条くんと車崎くるまざきさんの事を何とかする事。まずはこの二つです。クロだって教団を倒すのは、僕の目的が達成されてからで良いって言ってくれてましたからね。ね、そうだよね、クロ!」


「まぁな。そんな約束をした様な気もしないではない……かなぁ」


 クロが少しバツの悪そうな顔で、視線を逸らし始める。


 言ったよ、言った!

 絶対に言ったからね。

 なんか、それが主人の義務だー!

 とかなんとか、偉そうな事言ってたからねっ!

 僕、忘れてないんだからねっ!


「そうか……クロさんが約束してるんじゃ、仕方がねぇな」


 おぉ。来栖くるすさん的には、クロの約束は絶対なんだ。

 さすが、獣人の体育会系な上下関係のノリは、ここでも健在の様だな。


「しかし、どうする気だ? 相手はヤクザだぞ。教団と違って、ただ単に全滅させりゃあ良いってモンでもねぇし。生半可な事をすりゃ、手痛い思いをするのは俺達だ。犾守いずもり、そこんとこ、ちゃんと分かってんだろうな?」


 おぉ、こわっ!

 なんやかんや言っても、来栖くるすさんだってヤクザの一人だ。

 すごんでみせれば、結構な迫力がある。


 でも……僕だってこんな所で簡単に引き下がる訳には行かないんだ。


「えぇ、任せて下さいよ。僕にちょっとしたアイデアがあるんで」


 そんな二人の会話を、静かに見つめ続けるクロ。

 彼女の謎めいた微笑みが少々癇に障るが……まぁ良い。

 この際だ、言いたい事は言わせてもらう。


 なにしろ、この中での強者は僕だ。

 僕自身なんだ。

 クロでも、ましてや来栖くるすさんでもない。


 そう、この世界。

 力こそが……正義ルールなんだから。

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