第91話 ほんのちょっぴりモレたろう
「……
「あぁ、いえ……お気になさらず」
あちゃぁ……これはひどい。
目の前で平身低頭、
その顔は赤黒く
ついさっきまでの
しかしまぁ、よくこんなになるまで殴られたもんだ。
って言うか、人の顔ってこんな大きさだっけ?
なんだったら、ちょっと着ぐるみ的な感じになっちゃってるし。
だけど、改めて思い返してみれば、あきらかに僕の方がもっと
なにしろ、四肢はすべてもがれた上に、その傷口を革靴で踏みつけられたりしたんだから。
そう考えると、僕がこの男に同情する余地は一ミリも無いし、当然の
「
「そうだなぁ……」
散々人を殴り倒した後にもかかわらず……。
いや、逆に好き放題、殴り倒した後だからだろうな。
やけにスッキリした様子で、思案に
それにしても、さっきは本当にヤバかった。
クロが助けに来てくれなかったら、僕は完全に殺されていたはずだ。
たまたま通りかかった、とか何とか言ってたけれど。
採石場の事務所で引き離されて以降、隣接しているとは言え、山奥のゴルフ場の中で偶然に通りかかるなんて事が起こるはずがない。
たぶんだけど。
自分の出番を……。
そう、自分が一番格好良く登場出来るタイミングを、いまか今かと待っていたに違いない。
……ホント恐ろしい娘。
「クロって、そう言う所があるんだよなぁ」
「ん? タケシ、何か言ったか?」
「いっ、いや、何も」
いかんいかん。
クロの
人の何倍も良い耳を持ってるんだった。
「そうだな。まずはお前のアジトとやらに連れて行ってもらおうか。細かい話はそれからだ。あぁ、それから私の事を呼ぶ時はクロで良い。これからは共に戦う仲間だ。余計な気遣いは無用にしてもらおう」
「
しかしなんだろうな。
この鉄板な感じの上下関係。
この男の
でもまぁ、クロについては、いつもの事か。
それに、獣人の間ではこれが相応の対応って話なら、僕があえて口出しする事じゃないしな。
とりま、二人の話を要約すると。
クロが初めてこの世界に来た時に、このタツヤと言う男がクロの事を出迎える予定だったらしい。
クロの出現位置がズレていたのか、それともこの男の段取りが悪かったのか。
残念ながら、二人は出会う事が出来ず。
結局クロは教団に追われて都内へ逃げる事となり、男の方は必死でクロの行方を捜していた……と言う事らしい。
クロが言っていた、神を殺す……と言う例の作戦。
この世界における
同じ獣人とは言え、確かにクロはクレーハウンドって事で、エリートの部類なんだろう。
ちょっと残念なエリートではあるけれど。
それに引きかえ、召喚士って言うのは自分の力で戦う訳じゃないからな。
獣人の中では、立場が弱いのかもしれない。
ヤクザで、獣人で、しかも、クロのパシリって。
もう、キャラ多すぎて、お腹パンパンだよ。
とまぁ、そんな事よりも。
僕は自分の右手に視線を向けると、数回握って開くを繰り返してみる。
固有スキルである
最初はバックアップから戻そうかとも思ったんだけど。
まさかこんな突然、
直前のバックアップを取っていなかった事が
今さら古いバックアップからやり直すのもなんだし。
今回の
それにしても、この召喚士だとか言う男。
つい先日の教団との戦いで、術者との戦闘は命がけだと学んだばかりだったのに。
正直、自分が現世最強とも思えるブラックハウンドの力を持ち、魔力さえ十分であれば、誰にも負ける事は無いっ!
なぁんて
いや、ありました。
間違い無くありました。
ホント、申し訳ない。
特に結界を使った攻撃……と言うか防御? これが本当に厄介だ。
術者同士の戦いだと、より強い結界を張られてしまえば、手も足も出なくなる。
自分の場合は結界を張られる前にBootするか、Changeしてしまえば、後は
いや、それも無理か。
結界を張られると言う事は、精霊の力を取り込む道が絶たれると言う事だ。
最初にある程度魔力を
それに自慢の
やっぱり、自分で結界が張れる様になるしか方法は無さそうだ。
相手より強力な結界を張ってさえしまえば、後はこちらの
でも、どうやったら結界って張れるんだろう?
モノは試しだ。
早速心の中で、結界っ! とか、領域展開っ! とか叫んでみるけど。
――シーン……。
やっ、やっぱりな。
何か変わったような様子は全く見受けられない。
あえての変化点と言えば、あまりにもな厨二感に、自分の顔が赤くなったくらいなものだ。
「あのぉ、カート持ってきましたぁ」
「あぁ、ありがとうございます、竹内さん」
「いえいえいえ。とんでもありませんですぅ」
竹内が軽薄そうな笑顔を浮かべながら、手を振っている。
ここからアジトと呼ばれる場所までは、結構距離があるらしい。
と言う事で、近くに停めてあったカートを取りに行ってもらったんだけど。
しっかしこの人、ちょっとイラっとするんだよな。
停めてあった電動カートは三台。
取りに行ってくれたのは、なんだかインチキ臭い竹内さんと
「
「いやいや、大丈夫ですよ。そんな事より
あははは。
そりゃ、そうなるわな。
ついさっきまで僕、両手両足が無い状態だった訳だからね。
それが、今ではピンピンしている訳ですから。
そりゃ、驚きもするでしょうよ。
「えぇ、まぁ。これも僕の特殊能力と言う事で、ご理解いただければと思います」
「はっ、はぁ……」
うわぁ、
まずいな。
話題を変えなければ。
「あ、あれ?
「いや、持ってないけど、電動カートなんて誰でも乗れるよ。って言うか、早く行こうよ。そのアジトとやらにさぁ。なにグズグズしてんの? サッサと乗って、のって!」
なんだよ。
やけに急がせるなぁ。
まぁ暗闇とは言え、辺りを見回せば人の死体はゴロゴロと転がってるし。
遠巻きではあるけれど、レッサーウルフが周囲をウロウロとしている有様だ。
確かにこんな場所では、落ち着いて話も出来やしな……ん?
『早くしてよっ! こっちはもう限界なんだからぁっ!』
ん? 誰の思念だ?
クロ……では無いな。
あぁ、そうか。
さては、まだ思念の使い方が良く分かんなくて、自分の想いがダダ漏れになってる感じだな。
それにしても、
ついさっき
『ホントにもぉ! 勘弁してよぉ! ……ちょっと、漏れるっ! ホント、マジヤバいってぇ!』
……。
あぁぁぁ。
そゆこと。
そう言う事ね。
はいはいはい。
行きたいのね。
トイレに。
うんうん。分かるよ、分かる。
なんやかんやで、あれから結構時間が経ったものね。
にしても、心の声が漏れまくりって、結構
僕も最初の頃はダダ漏れだったのかなぁ。
マジか。
マジなのか?
いやぁぁん。はずかちー!
「ちょっと! マジ、
そう思って見てみれば。
確かに
なんだかソワソワしてるし。
ぐふふふ。
僕の中に残された、軽い
「はいはい、分かった、分かったよ。でも、そんなにヤバいんだったら、そのへんの
「……くっ!」
僕がその言葉を発した途端、
なんだよぉ!
今更そんな恥ずかしがらなくてもさぁ。
ついさっき、あんなコトや、こんなコトしちゃった仲じゃん?
僕たちって結局、そう言う仲なんだよねっ!?
ぐふっ。ぐふふふっ。
――ゴッ!
ぐおっ!
コイツっ!
ぐっ、グーで来やがったっ!
しかも、普通のぐーとはちょっと
なんか、ぐーの中指がっ、中指がちょっと出た感じの。
かなり痛めのぐーで、僕のおでこを殴りやがったぁぁぁ!
「
そう言い放ちながら、
うむうむ。
これはこれで……良きかな。
殴られたのは確かに痛かったけど。
体のキズなど、大した事じゃあ無い。
なにしろ、それ以上の収穫があった訳だからな。
なんだったら、ちょっとご褒美に近いかもしんない。
差し引き、大幅なプラスだ。
そんな、殴られながらも、軽く鼻の下を伸ばしている僕を見て、北条君と
甘い、甘いなぁ。
北条君に
この良さが分からない様じゃ、
などと思いつつ、更に視線を横に向けてみれば。
そこに居たのは、あの竹内。
互いに相手の事をジッと見つめ続ける事
……やがて。
彼は静かに右手を持ち上げると、
おぉ! 同士よっ!
おぉぉ! 友よっ!
さっきはちょっとイラっとするとか思ってごめんなさい。
まさか、こんな真夜中のゴルフ場で、
今日はなんてすばらしい日なんだろうっ!
「おい、タケシ。くだらない事言ってないで、もう行くぞ」
「はぁぁい! いま行きまぁす!」
んもぉ、クロに叱られちゃったじゃんよぉ。
本当はもう少しこの
まぁ、これ以上は流石に
あぁ、そうそう。
彼女がほんのちょっぴりモレ太〇になっていた事は、彼女の発する恥ずかしさ満点の思念で丸わかりさ。
さて、この貴重な記憶を忘れてしまう訳には行かないからな。
早速バックアップを取っておかねばなるまいて。
何しろ、僕は同じ過ちは犯さないタイプだからね。
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