第89話 三者択一の罠
「……」
んだよ、こんな時にシカトかよ、片岡ぁっ!
そんな暴発寸前の片岡に気を取られているうちに、今度は
「
ん?
俺の目の前に居るのは、いかつい大男が一人だけだが?
と思ったのもつかの間。
「控えよ、タロス!」
今度は俺の左側から、別の男の声が飛んだ。
その声が届くやいなや、目の前の大男は地に膝をつけ、素直に
「大変なご無礼を。何卒ご容赦いただけませぬか。
なんだ、コイツ。
俺の事を知ってやがるのか?
それにこの態度。
あの正面のヤツのご主人様ってところか?
「おっ、おぉう」
確かに多少は
それにしたって、コイツもデカいな。
しかも、身に着けているのは
「
おぉ、
っていうか、ご主人様って、まだ別にいるのか?
「はっ、大変失礼いたしました。まずはご無礼の段、重ねてお詫び申し上げまする。私はマロネイア家に仕えし侍従のサロス。正面の男は私と同じくマロネイア家に属します侍従のタロスにございます」
「なるほど、マロネイア家と言う事は、来賓としてお越しいただいている、マロネイア卿の手の者か」
「その通りにござります」
サロスと名乗る男も正面の大男同様、地に片膝を付けた格好で
おそらくこれが、この世界における最敬礼の方法なんだろう。
「マロネイア家のサロスよ。それでは再び問おう。お前たちはココで何をしているのか。しかも、我々を
「はっ、実は……ここから先にございます
あぁ、なぁるほど、なるほど。。
向こうの
アイツが、コイツらのご主人様って訳か。
それで、ヤツを守るために、コイツらが周囲を警戒していたと。
「なるほどな。みなまでは話さずとも良い。
そう言いながら、
「
いやいやいや、
それはやめようよ、
「それって、やっぱり首
折角の本国渡航初日である。
しかも、入国してからわずか三十分足らず。
この段階で、いきなりの無礼打ちって、ちょっとソレどうなの?
「はい、承知いたしました。私もそう考えていた所でございます。相手側も侍従とは言え、マロネイア卿の戦闘奴隷と思われます。確かマロネイア卿の信仰対象はアレクシア神。我らとは異なる神であるとは言え
なるほどな。
上流階級における駆け引きってヤツですか。
こんな俺にも、そんな高尚な事を気にする時が来るとは思いもしなかったぜ。
「よし、それじゃあ、そっちの方向で良い感じに話をまとめてくれや、
「承知いたしました」
俺へと見せる愛らしい笑顔とは対照的に、戦闘奴隷たちには、地に落ちたゴミや、虫ケラでも見るような
まぁ、ある一定のコアなヲタク連中にとっては、それはそれで特別なご褒美になりえなくも無いような気がしないでもない。
「マロネイア家の侍従たちに申し渡す。
「ははっ、承知仕りました。急ぎ、われらが主人の元へ報告の上……」
と、サロスと名乗る男がまだ話をしている最中にも関わらず、俺たちの輪の中へと平気で割り込んで来る男が一人。
「おやおやおや。そちらにおわすのは、
うおっと、誰だコイツ。
コイツも俺の事知ってんのか?
気付けば、あれだけ強気だった
おりょりょ、
って事は、この割り込んできた男ってぇのは……。
「ほっほっほっ。申し遅れました、私、アレクシア神、
「あぁ、こりゃどうも、ご丁寧に」
俺は相手に合わせて、一緒にお辞儀をしようとしたんだが、ここでタイミングよく
え? なに?
間違ってる? 俺、違ってる?
あぁ、挨拶ね、この挨拶じゃないって事ね。
はいはい。
あ? そう言えば俺、どっちの役?
あぁそうか。向こうは
って事は、俺のほうが偉いパターンのヤツか。
OK、OK。わかったよ。
「うむ、私はカモサカだ。ノリヒロ=カモサカ。こちらこそよろしく頼む」
半分倒しかけていた上半身を、ギリギリのところで緊急停止。
俺ぁ
――チュッ、チュッ
うへぇ。
得体の知れねぇおっさんから、手にちゅーされちまったよ。
気持ち悪ぃ。
「いやはや、それにしても、面白い侍女をお持ちでございますなぁ」
いまだに俺の手を握ったまま、
うぅぅむ。
中年っちゃ、中年だが。俺と同年代というよりは、もう少し若い感じがするな。
三十代半ば……から後半ぐらいか。
それで、アノ精力ってなぁ、なかなかに見上げたもんだな。
でも、俺だって五歳も若けりゃ、あのぐらいは……って、無理か。
「ははは。侍女と申しますと?」
そう言えば、侍女って何の事だ?
分かった。片岡だっ! 片岡のこと忘れてた!
アイツの事だから、ぼーっと俺の後ろでつっ立ってるんだろう。
そんでもって、それを見たこの男も、侍女の
などと考えながら、何気ない風を装いつつ後ろを振り向いてみれば。
「かっ、片岡っ!」
なんと、あの片岡が、大の字になってひっくり返ってやがった!
しかも、女子にあるまじき、大股をおっぴろげたままでだ。
おっ、お前っ!
なんで寝てんだよっ、お前っ!
って言うか、お前っ!
パンツぐらい穿けよ、お前っ!!
「たはっ、たはははは。こっ、これはまた、
すまん、片岡っ。
俺にお前のモノが
これは言葉のアヤと言うヤツだ。
ほんとマジ、許してくれっ!
「ほっほっほ。
自分の顎に手を当てながら、マジマジと片岡の股間を
まぁ、確かに他人様の目の前で大股おっぴろげて寝てるヤツなんざ、見た事ねぇわな。
って言うか、なんで片岡はこんな事になってんだ?
と思いつつ、
マロネイア卿に見えない様な位置取りに配慮しつつも、俺に向かって脇腹に拳を撃ち込む仕草をしてみせている。
あぁ、そう言う事か。
なるほどな。
片岡が言う事を聞かねぇもんだから、
なるほど、なるほど。
それであれば、話は分かる。
まぁ、
相手もお偉いさんだ。
何か粗相があったとしたら、片岡が手打ちにされる事態だって考えられる訳だ。
そう思えば、片岡にとって
どこぞの馬の骨とも分からねぇおっちゃんに粗末なモンを見られたとしても、まぁ減るもんじゃねぇし、命に比べりゃ安いもんだよなぁ……片岡。
……
いや、やっぱりウソウソ。
本当にスマン。片岡っ。
「ところで、カモサカ卿。この様な場所で巡り合うのも何かの縁。ぜひとも一つお伺いしたい事があるのですが、よろしいですかな?」
んだよ、この男。
まだ若そうな割には、えらく
そこはやはり、貴族様って事なのか?
「聞きたい事とは?」
「いやいや、立ち話も何でございますからな。もしよろしければ、向こうの
えぇぇぇ。
だって、ついさっきまで、お前がナニに使ってた場所じゃあん。
俺、そんな所に行きたくねぇなぁ。
でも断るのも大人気ねぇしなぁ。
「そっ、そうですな。それでは参りますか。それに、私の侍女が茶の準備をすると言っていたはずでして」
「いやいや、ご安心めされよ。茶の準備は既に整ってございますれば」
既に整ってる?
どう言う事だ?
しかし、乗り掛かった船だ。
俺はマロネイアとか言う野郎の後に続いて、
その途中。
「
「何かイヤな予感が致します」
「そうだな。何か怪しいな。どうだ?
俺からの無茶振りに、彼女の瞳が
「正直に申し上げます。もし用意周到に準備された罠の場合、脱出するのはかなり難しいものと思われます」
「そうか、やはりな」
俺はもう一度周囲を見渡してみる。
先頭を行くのはサロスとか言う戦闘奴隷。
その後ろにマロネイア卿が続き、更にその後ろに俺達。
あぁ、移動を始める前に片岡は俺が叩き起こしておいた。
そんな片岡は自分の脇腹を片手で押えつつ、何とか俺の後ろに付いて来ている。
そして、更にその後方にはタロスとか言う戦闘奴隷が、俺達の動きに目を光らせている様だ。
まぁ、本当にマロネイア卿の護衛がこの二人だけであれば、俺と片岡の持つ拳銃でどうにかなりそうな気もする。
しかし、流石にそんな事は無いだろう。
多少離れてはいるが、周囲には木立や割と背丈の高い植木等も多く配置されている。護衛を潜ませておくには十分だ。
「さて、カモサカ卿。どうぞこちらへ」
俺はマロネイア卿に促されるまま、建物の中へと入って行ったのさ。
おぉぉ。こりゃかなり広いな。
外から見てたのと、中に入ったのとでは、感じ方が全然違う。
中央には大人八名が着席出来る、大きな丸テーブルと椅子が配置され。
壁や扉は無いものの、柱や天井には手の込んだレリーフや絵画が埋め込まれていて、華やいだ雰囲気を醸し出している。
しかも、つい先ほどまで、どこぞの女が押し倒されていたはずのテーブルの上には、色とりどりのフルーツや焼き菓子が所せましと並べたてられているではないか。
「カモサカ卿、どうぞ一番奥の席にお付き下さい」
マロネイア卿がそう俺に勧めて来る。
この国に席次ってヤツがあるのかどうかは知らねぇが、パッと見、一番の上座と言える場所の様だ。
とりあえず、今の時点で俺を
俺が席に着いた途端。
俺の目の前にガラス製のカップが音も無く置かれ、何処から現れたのか、給仕を行う女性たちが
――コポコポコポ。
目の前のカップに注がれる薫り高いハーブティ。
その良い香りが開け放たれているはずの
「うぅん。やはり良い香りですな。私はこのラスティ茶が特に好みでしてね。是非カモサカ卿にもお試しいただきたいと考えていたのですよ」
早速自分のカップを持ち上げなら、その香りを楽しみ始めるマロネイア卿。
俺も彼のマネをしてカップを持ち上げてみるのだが。
香りとしては、カモミールだったか……に近い様な気がする。
なんだかリンゴの様な
「あぁ、確かに良い香りの様ですな」
ハーブティの所為なのか。
それとも俺自身が多少吹っ切れた所為なのか。
なんだか少し落ち着いて来た様にも感じられる。
余裕の出た所で再び周囲を見渡して見れば。
中央のテーブルに腰掛けているのは、俺とマロネイア卿の二人だけ。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
本題?
本題って?
――パンパン
マロネイア卿が軽く手を叩いた。
すると、今のいままで
丘の上に建てられた
コイツぁ……マズいなぁ。
「さて、人払いも済みました。早速ですが、私は貴方をお待ち申し上げていたのですよ、カモサカ卿」
「ほほぉ、待っていた……と申しますと?」
「えぇ、実は、単刀直入にお伺いしたい事がありましてね。いえ、簡単な話です。結局、アナタは誰の味方なのですか?」
「誰……ですか。難しい質問ですな」
「東京教区の司祭でありながら、本国大司教の
ここでマロネイア卿は自身のティーカップにゆっくりと口を付けた。
ほほぉ、完全に調べが付いてるって訳か。
ターゲットは間違い無く俺って訳だ。
こりゃ、完全に
となると、どこの段階からハメられたんだ。
テラスのあたりか、それとも、もっと前……あっ!
俺は持ち上げたカップを口に運ぶフリをしながら、壁際の方へと視線を向けた。
すると……。
やっぱりか。
ぐったりとした様子で壁際にもたれ掛かる片岡。
それを無言のまま介抱する
そんな彼女の赤い瞳が、怪しく輝いて見える。
つまり、
「マロネイア卿、単刀直入と言っている割には、少々お話しが長い様ですな。もしくは、私の理解能力に問題があると言う事なのかな? アナタの話は私にはサッパリ理解できない。そこでだ、もっと本質についてお互い、腹を割って話をすると言うのはどうだろうか?」
マロネイア卿の左の口角がゆっくりと持ちあがって行くのが見えた。
俺はそんな変化を決して見逃さない。
「それは良い。是非そうしましょう。こう見えて、私も結構忙しい身なのでね。それではもう一度お
海沿いの爽やかな風が
しかし、そんな良い気候であるにも関わらず、俺の背中は氷の様に冷たい汗が
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