第118話 社長、不審者と間違えられる


「ふう、ちょっと今日は客が多いな……」


「ええ、私がレジをやっていた時程の行列はないですけど、やっぱり多いですよね」


 俺が呟くように言った言葉に、カウンター内にいる春華はドリンクを作る手元を休めずに答えた。


 今日の俺はホールに立って、パフェやフードなどの配膳や机の片付けを担当しているのだが……やはり今までに比べたら客は増えたように思える。


(まあ、元からかなりちゃんとしてたもんなこのブックカフェ。認知度さえ高まれば自然と客は増えるか……)


 このブックカフェ楽日は古い『本屋』というイメージを覆すほどにスタイリッシュでお洒落なデザインになっており、質が高く工夫されたフードとドリンクを出している。


 だが、この時代ではブックカフェという概念がまだ完全に一般化していない事もあり、客足が思うようにいかなかった。


 なのでガンガン宣伝する事が必要だったのだが、コンサルタントの入院や本社の新事業否定派とやらの存在――三島さんからちらっと聞いた話だが――により、予算が不足している状況だったのだ。


(そんでもって、春華の可愛さのおかげで良くも悪くも大量のお客が来て、それがそのまま大規模なブックカフェ体験会になったんだろうな。明らかに固定客は増えているようだし、三島さんもその点は喜んでて何よりだ)


 まあ、社長のお怒りが怖いので、今後は春華をレジに立たせる事はしたくないようだが……。


「あ、新浜先輩! 二番さんのコーヒーゼリーパフェ二つです! お願いしますね!」


「お、おお。それじゃ配膳に行ってくるな」


 春華が作り合えたスイーツを受け取るが、その眩しい笑顔と『新浜先輩』という呼び方にはやはり照れてしまう。


 しかも春華はこの呼び方が気に入ったようで、まるで楽しむかのように連呼してくるのだ。


「おまたせしましたー! こちらコーヒーゼリーパフェです!」


 すっかり自然に出せるようになった営業スマイルでスイーツを提供すると、テーブル席の女子中学生らしき女の子二人は顔をほころばせた。


 別にこのスイーツを作ったのは俺ではないが、こんなふうにお客さんの喜ぶ顔が見られると、やはり嬉しい。


(ん……?)


 ふと、店の端の方にあるテーブルからトレンチコートの男性が手を挙げているのが見えた。


 店員を呼んでいるのは明らかであり、俺は当然の行動としてそのテーブルへと向かった。

 その後におこる嵐のような事態なんてまるで想定せずに、ごく軽い気持ちでだ。


「お待たせしましたお客様。どういたしましたか?」


 呼びかけるが、何故かその男性は何も言わなかった。しかも丸帽子を被って俯いているため、その表情を伺う事はできない。


 よく見るとサングラスもかけているようだが……まさか怪しい人だったりしないよな?


「なんで……」


「はい? なんでしょう?」


 …………ん? 

 なんかこの声、聞き覚えがあるような……。


「なんで貴様がここにいるうううううううっ!?」


「ぎゃああああああああああああ!? と、時宗さん!?」


 唐突に店内に出現した親馬鹿社長の声に、俺は心からビビった。

 周囲に迷惑にならないように声量は抑えているようだが、そのドスの効いた顔と声音だけで心臓が飛び出てしまいそうだった。


「な、なな、なんでこんなところにそんな格好で……?」


 俺も店員としての意識が働いたのか、死ぬほど驚いたものの大声を出すことはなかった。とはいえ正直頭はかなり混乱中だ。


 というか、そのサングラスとトレンチコートの不審者セットは何なんですか!?

 一瞬イタリアンマフィアのコスプレかと思いましたよ!


「私はただ自分の会社の新店を視察に来ただけだ……! 貴様こそどうして春華がバイトしている店にいる!?」


「あ、いや、それは元々俺が先にここでバイトしていたので……」


 怪しすぎて視察に向かないだろその格好……とツッコミたかったが、ぐっと飲み込んで俺は自分のバイト事情をかいつまんで説明する。


 元々俺がこの店で小遣い欲しさにバイトを始めた事と、それに影響されて春華もバイトを志して現在至るという、口に出せば単純な説明を。


「な、なんだと……貴様が春華と一緒にいたい一心で同じバイトを始めたのではなく、その逆……? な、何故だ春華。 どうしてこの小僧の事は私に一切話してくれなかったんだ……!」


「ええと……」


 ちなみに俺はその答えを春華から聞いている。


 彼女曰く『お父様に心一郞君が一緒のアルバイト先にいるなんて言ってしまったら、またよくわからない事を言って騒ぐのが目に見えています! いい加減、私もその辺は学習しました!』とのことだ。


 あの天真爛漫な少女も、思春期らしく父親に全てを伝えない事も覚えたという事なのだが、そんな娘の父離れをこの過保護親父に伝えられる訳もない。


 ショックでぶっ倒れかねないしな……。


「ええと、その様子だと視察だけじゃなくて、むしろ春華さんが心配でこっそり仕事ぶりを確認するのが主目的なんですよね? なら安心してください。一応俺も店長の三島さんも気を配っているので、セクハラとかナンパとかはちゃんとガードできていますから」


「一番危険度が高い奴がどの口で言う!? 一緒のバイトになってのが不可抗力だとしても、これ幸いと春華の好感度を稼ごうという魂胆だろうが!」


「ええ、それはそうです。一緒の職場で働ける幸運をフル活用するつもりです」


「澄ました顔で開き直るなあああああああ! ウチに来た時にはかなりビビっていたくせに、短期間で私に慣れすぎだろうが!?」


 俺の正直なところを述べてみたが、やはり時宗さんはキレた。

 

 でもな時宗さん。

 あんたの娘ラブはよく知っているが、こればかりは日和るつもりはないぞ。


 人生も青春も全てはあっという間で、後悔しない内に行動あるのみというのが一度死んだ身である俺なりの真理だ。


 なので、こちとら全く自重する気なんてないんだ。


「まあ、ともかく落ち着きましょう。追加でもう一杯何か飲みますか? カプチーノやエスプレッソが個人的にオススメですよ」


「ええい、要らんわ! それより春華の事で――」


「……お父様、何をしているんですか」 


 不意に聞こえてきた冷たい声に、時宗さんがビクッと硬直する。

 冷や汗を流しまくる天才経営者が恐る恐る首を回すと……そこには酷薄な表情で父親を見る春華の姿があった。


 声は抑えていたつもりだが、やはり俺と時宗さんのやりとりは目立っていたようで、それが春華の目に留まったのだろう。

 そしてトラブルかと仕事を誰かに預けて駆けつけてみれば、そこには何故か父親が座っていたという状況だ。


「は、春華……い、いや、これは……」


「私は言いましたよね。アルバイト先に親が来るなんてとても恥ずかしいからやめてくださいって」


 普段は天真爛漫な春華だが、お願いを無視された事に怒っているようでその声音はなかなかに冷たい。


 男女問わずため息を吐くようなその美貌は、怒りによって眼差しが鋭くなると、そのまま息を呑ませる迫力へと変わって相当に怖い。


「い、いや、違うぞ春華! 私は決してお前の職場環境を確認したかった訳ではなく、社長としてこのテスト店の抜き打ち調査に来たんだ! 決してお前の言葉を無視した訳じゃ……!」


「……だったら私がシフトに入っている日以外に来れば良かったじゃないですか?

仮に都合の関係で今日しかなかったとしても、それを私に事前に説明せず身を隠すようにコソコソとお店に来ているのはどういう事なんですか?」


「う、ぐっ……」


 時宗さんの誤魔化しに、春華は俺が驚く程に鮮やかな切り返しで淡々と責めた。


 ううむ、以前に御剣という腐れイケメンと一悶着あった時もそうだったが、春華って怒るとかなり切れ味鋭い物言いになるよな……。


「す、すまん……私が悪かった……! どうしてもお前が心配で社長としての仕事に支障をきたす程だったのだ! ぽわぽわした性格のお前がちゃんとやれているのか確認せねばどうにかなってしまいそうで……!」


 これ以上の言い逃れは不可能と判断したようで、社長は全面謝罪に踏み切った。

 ただまあ、この人のとてつもない娘ラブを知っている身としては、心配しすぎで体調不良というのは嘘じゃないんだろうなぁとは思う。


「……ふぅ、これ以上騒いでもお店の迷惑になりますし、とりあえず許します。もう、心配してくれるのは嬉しいですけど、私だって小さな子どもじゃないんですよ?」


「……言い訳のしようもなく、今回は私が悪かった。た、ただ……本当に大丈夫か?」


 時宗さんは席を立ち、春華の肩をグッと押さえてサングラス越しに自分の娘の目を見据えた。


「お前は自覚がないかもしれんが、その愛らしさで客商売なんぞやるとどうあっても変な客やら同僚やらが絡んでくるものだぞ? 本当の本当に問題なくやれているのか?」


 まあ、時宗さんの心配もわかる。

 春華ほどの美少女が客商売をやれば、トラブルを呼びやすいのは事実だろう。

 お店側のしっかりしたガードがないと、仕事にならない場合すらある。


「ええ、その辺は全然大丈夫です。確かにそういう時もありますけど、し……あ、いえ、新浜君や店長さんもしっかりと守ってくれていますし、他のスタッフの皆さんも本当によくしてくれています!」


 言って、春華は自分の職場を誇るように満面の笑みを見せた。

 それはまさに若さに溢れた快活な笑みで、職場に多大なストレスを感じている身であれば出てこないものだった。


「……そうか、ちゃんとやれているんだな。ようやく安心できたよ」


 春華の肩に手を置いたまま、時宗さんは寂しさと安堵が混じったような表情を見せた。おそらく、娘の成長が嬉しいのと同時に、自分の手を離れる寂寥感を感じているのだろう。


「仕事中に邪魔をして悪かったな。それじゃ今後もよく頑張りなさ――」


「お客さまああああああああああああっ!!」


 そう綺麗に話が終わりそうだったその時、スーツ姿の――店長代理の三島さんがもの凄く焦った表情でこの場に駆けつけてきた。


(え、え……? な、なんだ!?)


 突然の乱入に、その場にいた俺達はただ目を丸くするしかない。


 そのかなり必死な女性店長の視線が向いている先は……時宗さん?


「その手を離してください……! 当店は従業員への身体的接触や私的なお誘いの類いは絶対に許しませんっ! 聞き入れて頂けない場合は警察に連絡させて頂きますよっ!」


「「「……………………」」」


 その表情に使命感と勇気、そして『社長の娘さんに何をしやがってくれてるのよおおおおおおおっ!?』という怒りを如実に表しつつ、三島さんは春華を庇うようにして堂々とその口上を述べた。


 そして、その言葉の意味を理解した俺達三人は、何とも言えない表情で固まってしまう。


 あー……うん……。

 冷静に考えれば、三島さんの行動は決して悪くない。


 何せ、時宗さんはサングラスとトレンチコートというテンプレの如き怪しい格好をしており、春華の肩に手を置いて必死な表情で語りかけたりしていたのだ。


 傍目からは不審なオッサンが美少女にお触りしながら語気を荒らげているようにしか見えず、むしろ怪しい男から従業員を救おうとしたその心意気は店長の鑑とも言える。


 ただまあ、その……とても間が悪いというか何というか……。


「さあ、早く離れてくださいっ! 自分の娘のような年齢の女の子にちょっかい出して恥ずかしくないんですか!?」 


「あ、あの、三島さん……」


「大丈夫よ春華さん! この怪しい人はちゃんと追っ払ってあげるから! 私に任せておきなさい!」


「い、いえ、そうじゃなくて……! この人、私のお父様なんです!」


「――へ?」


 春華の言葉を聞いた瞬間、三島さんは思考が真っ白になったように硬直した。


 それから石像のように固まったまま、冷や汗だけがどんどんと増えていき、顔色はマッハで青くなる。

 ついで言えば、身体全体がカタカタと小刻みに震えていた。


「あー、その、三島君……」


 時宗さんはサングラスを取り、とても気まずそうな声で自分の会社の社員である三島さんに声をかけた。


「こんな顔を隠す格好をしていて本当に悪かったが……その、私は決して不審者ではなく、その子の父親である紫条院時宗だ」


「…………ひゅゎ」


「きゃ、きゃあ!? み、三島さん!?」


 ショックがあまりにデカすぎたのか、三島さんはブレーカーが落ちたようにその場に崩れ落ちた。

 慌ててその身体を俺が支えるが……い、いかん! 目の焦点があってねえ!


「はは……ふふふ……社長を不審者扱いしちゃったぁ……。あはは、終わったぁ……。もうこれシベリアだシベリアー。うふふ、白クマ可愛い……」


「や、やばい! 社長を怒らせたっていう絶望でちょっと壊れてる! しっかりしてください三島さん! こっちに戻ってきてくださいって!」


「み、三島さん! 大丈夫ですから! 私を想っての行動だってみんなわかってますから! だから気をしっかり持ってくださーい!」


 心がどっかに飛んでいきそうになっている三島さんに、俺と春華は必死に呼びかける。

 そして、もうこうなるとちょっとした騒ぎになるのは避けられようがなく、俺は集まってきた他の店員達に、店長のマインドブレイクぶりを説明せざるを得なかった。


 そしてそんな混乱の背後で――

 

「ううむ、ここまで恐れられるとは……私ってそんなに悪逆非道な社長だと思われているのか……?」


「いや……『娘に色目を使った奴は海外に飛ばすぞ!』とか言ってるから(三島さん情報)そんなイメージが確立しちゃうのでは……?」


 全ての発端である時宗さんがもの凄く申し訳なさそうな声で呟いたのが聞こえ、俺はボソリとツッコんだ。




【読者の皆様へ】

 本日9月30日に「陰キャだった俺の青春リベンジ」第3巻が発売です!

 先日に近況ノート↓に書いた通り、打ち切り回避のために購入して頂ければ幸いです……!

 https://kakuyomu.jp/users/keinoYuzi/news/16817139558998592505

 

 また、コミカライズが決定しました。

 打ち切りとか言ってたのにコミカライズ??と思う方もいるでしょうが、詳しくは近況ノートをご覧ください。

https://kakuyomu.jp/users/keinoYuzi/news/16817330647864404304

  

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