第111話 少女達のお茶会
【時は少し遡り――新浜と春華がニアミスする少し前】
私こと紫条院春華は、もうすっかり馴染んだ友達である美月さん及び舞さんと一緒にとあるカフェでテーブルを囲んでいた。
学業から解放されたこの土曜日のお昼はとても天気に恵まれており、お店のガラス壁から差し込む日差しがとてもキラキラしている。
加えてこの店内の喧噪に満たされつつも落ち着いた雰囲気がとても心地良く、今私はとても心躍っていた。
「それでは! 第4回女子高生らしい事をしようの会を始めまーす!」
「はい! 今回もとっても楽しみにしていました!」
いつも元気な舞さんの宣言に、私は嬉しさを抑えきれない笑顔でパチパチと拍手した。
夏休みから始まったこの女の子同士のお茶会も、もう数える事4回目だ。
その趣旨は一応『美味しい物を食べながらお茶して女子高生を満喫しようという』という事なのだけど、私の悩み相談で終わってしまった第一回から、割と雑談で終わってしまう傾向にある。
(でもそれがいいんです! この何でもないお友達とのお喋りこそがずっとずっと私が欲しかったものなんですから!)
「あのさぁ春華……喜んでくれるのは嬉しいんだけど、毎度毎度涙ぐまなくてもいいんじゃない?」
「す、すみません。いつも嬉しくてつい……」
舞さんが困ったように言い、私はちょっぴり頬を染めた。
ついついはしゃぎすぎてしまっている自分は自覚しているけれど、長らく友達がいなかった私にこの喜びは抑えがたい。
「ふう、まったく舞も春華も元気で結構ですね。私なんて夏休みが終わってダルすぎなんですけど。二学期になって進路指導の時間も増えましたし……」
今日もメガネが似合っている美月さんが愚痴るように言う。
彼女が言っているのは、二年生の二学期から始まる進路決定のための授業の事だった。高校卒業後を睨んで、三年生までにある程度の道筋を立てておこうという下準備なのだけど――
「あー、あれ本当に面倒だよね! いきなり進路希望調査とか言われても、将来何になりたいかなんてわかるわけないじゃん! こっちはまだまだ中学生の延長くらいの気持ちだし、社会に出るとか言われても実感湧かないって!」
頭を抱えて叫ぶ舞さんに、私も美月さんも思わずウンウンと頷いた。
本当にそれは同感で、大学進学程度には皆ぼんやりと考えているかもしれないけど、社会人になった自分が行くべき道なんてとても遠く感じてしまう。
「その、実は私も悩んでます……。一応進学希望なんですけど、将来なりたい職業もなく、仕事がどういうものかも知らずに大学を選んじゃっていいのかと……」
以前は将来就く仕事に特にこだわりはなく、どこであろうと縁があった職場で頑張ればいいくらいの気持ちでいた。
けど、心一郞君が『そんな考えだとブラック企業一直線だよっ!!』と血相を変えて警告してくれたので、今はしっかりと考えて就職先を選ぼうと思っている。
だけど、まだ子どもにすぎない私は仕事も世の中の仕組みは何もわからず、将来を決める経験値が足りない事を痛感させられる。
「だからこそ将来に向けて活動するべきかなと考えてるんです。色んな職業を調べたり、職業体験イベントに行ったりとか……」
「ま、真面目だぁ……春華ってば凄くちゃんと考えてるんだね……」
「あはは、あくまでぼんやり考えてるレベルですよ。し……新浜君のあの怖ろしく練られた将来設計には及びもつかないです」
うっかり『心一郞君』と呼んでしまいそうになりながら、私は何故か将来設計に対して並々ならぬ気合いを見せる彼の事を思い浮かべる。
どういう訳か、心一郞君は以前から社会に出る事をとてつもなく重く考えており、あのお父様でさえ、彼の就職を見据えた綿密な計画ぶりに驚いたらしい。
「ああ、新浜君は何だか知りませんが、なんかトラウマでもあるのかってレベルで将来に備えていますよね。と、そういえば……彼ってば最近何をしてるんです? 何だかやたらと忙しそうですけど」
「あー、そうそう! なんかここんとこ妙に急いで帰る事が多いよね?」
美月さんや舞さんが言う通り、心一郞君は最近妙に忙しそうだった。
よく自分の手帳を取り出して予定を確認しているし、放課後はダッシュで帰る時もある。
「ええ、どうもしばらくやる事あるみたいで、携帯を見れない時間帯が増えるからメールの返信が遅れる事を先日に謝られたばかりなんですけど……」
もちろん人には個々の事情があるのだから、気にしなくていいと私は伝えた。
ただ、具体的にどういう事情で忙しいのかは聞いていない。
「ほほう、春華にも言ってないとは実に怪しいですね。ふふ、春華は新浜君が何をしているかとっても気になるんじゃないですか?」
「それは……」
イタズラっぽい表情で美月さんが尋ねてくるけど、実際その通りだった。心一郞君が放課後にしている事なんてあくまでプライベートなはずなのに、何をしているのか気になってしまっている自分がいる。
けれど――
「確かに気にならないと言ったら嘘になります。けど……でもきっと後で教えくれるでしょうから」
心一郞君に『最近何かしているんですか?』と尋ねた時に、彼は少し慌てながらももう少しだけ内緒にしておきたいと言っていた。
その照れくさそうな表情を見るに、何か困ったトラブルが発生している訳でもないようだし、きっと少しだけ秘密にしたい事があるだけなのだと思う。
「だから、新浜君が秘密にしておきたのならそれを尊重したいんです。今、きっと何かを頑張っているんでしょうから、それを応援してあげたいですし」
素直な気持ちを口にして、私は自然と微笑みを浮かべていた。
しばらく前には心一郞君に私の知らない部分があったらとても不安になってしまったけれど、今は心の底からはっきりとそう言える。
「「…………」」
「? どうしたんですかお二人とも? なんだか顔がちょっと赤いですけど……」
「あ、いえ……その、まるで正妻のような落ち着きぶりと余裕に、ちょっとこっちが赤くなってしまったといいますか……」
「なんだか全面的な信頼を見せられて、パフェが来る前にお腹いっぱいって言うか……まあ、いつかみたいに春華が不安になるより百倍いいんだけどさあ」
「セイサイ??」
私は言葉に意味がわからずに疑問符を浮かべ、友達二人は顔の熱を冷まそうとするかのようにアイスティーのストローに口をつけてゴクゴク飲んでいた。
そんなに変な事を言ったつもりもないんですけど……。
「ふぅ、やっと顔の火照りが落ち着きました。それにしても……もしかして春華ってば新浜君と何かありました? なんかこう、以前よりもさらに距離が近しい気がするんですが」
「え……!?」
美月さんの質問に、つい私は過剰に反応してしまった。
そんな私を見て、舞さんも熱烈な勢いで参加してくる。
「そうそう、その話をしたかったよ! 海から帰ってきた後、新浜君の事を避けていたかと思えば、いつの間にかまた一段と仲良くなってるじゃん! 私達が知らない何かがあったんでしょ!?」
「ええと、それは……」
私は答えに窮してしまった。
関係の変化と言えば、もちろんお互いに下の名前を呼び合うようになったことだった。
このことについて、私は心一郞君と友達としてのステップアップができたと思えて嬉しかったのだけど……それを学校で口にすると、何故か周囲の生徒達が一瞬で目の色を変えて弾かれたように私と心一郞君を注目するという事態になると証明されてしまったのだ。
だから、学校でも人目のあるところでは以前の通り『新浜君』と『紫条院さん』で呼び合うと決めているのだけど……。
(このお二人くらいには教えていいんでしょうか……? そもそも友達同士が名前で呼び合っているだけで、どうして誰もがあんなにも雷に打たれたような顔になってしまうんでしょう。本当に私ったら人間関係の経験値が足りません……)
心一郞君に口止めされているし、友達だからと言って簡単に教えてしまうのはマズいかもしれないという考えが頭をよぎる。
どう答えたものかと答えに窮していると――
ちょうどその時に注文したスイーツがやってきたようだった。
「お待たせしました! こちら三色マカロンパフェ三つになりま――へ?」
「あ、はい! ありがとうございま――え?」
同年代の男性店員さんの声に振り向き、私は驚きで言葉を途切れさせてしまった。
今自分が見ている光景に不思議なところは一つも無い。
このカフェの制服に身を包んだ店員さんが、私達が注文したマカロンパフェを持ってきてくれただけだった。
ただ一点、その店員さんがよく知っている男の子だという点を除いては。
この数ヶ月に渡って、学校で最も言葉を交わした人。
以前とは違って何だかとても精悍な顔つきになっていて、瞳に強い意志が宿ったとても尊敬できる男子。
いつも私の容姿を褒めてくれるけど、彼の方こそ親しみやすくて可愛い顔をしており、秋田犬みたいだと実は密かに思っている。
「は、春華!? ど、どうしてここに!?」
「し、心一郞君!? その格好は……!?」
お互いの存在に、思わず私達の口から驚愕の声が漏れてしまい――
「ほほう……『春華』ですか」
「へええ……『心一郞君』かぁ」
硬直してしまった私達へ、美月さんと舞さんのニンマリとした声が届いた。
【読者の皆様へ】
作者の状況としてはまだ3巻発行に関する作業が終わっておりません。
なのでWEBの更新スピードはなかなか加速し難いです(泣)
なお、告知なのですが2022年8月10日にListenGo様より「陰キャだった俺の青春リベンジ」1巻のオーディオブックが発売されます! 朗読担当は声優の石川由依様です!(出演作:『進撃の巨人』ミカサ・アッカーマン役、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』ヴァイオレット・エヴァーガーデン役など)
一人でも多くの方に聞いて頂ければ幸いですので、どうかよろしくお願いします。!
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