第85話 頭の中がピンク色すぎだろ!?
「おおっと、すかさず服を褒めてポイントゲットですよ。数ヶ月前のシャイな新浜君とは別人すぎでしょうとツッコミたくなりますが、友人としてどう思います山平君?」
「え、俺!? ええと……なんかもう、ああいう事がさらっと言えるあたり、あいつが遠いところに行っちまったようで寂しいやら誇らしいやら……しかも紫条院さんにめっちゃ効いてるっぽいし」
おい風見原と銀次! 二人でボソボソと実況するんじゃない!
くそ、考えてみたらこの面子って俺の恋愛事情を知ってる奴らばかりだ……。俺が紫条院さんと話していると皆がニヤニヤしだしてどうもやりにくい。
「皆様おはようございます。私は紫条院家に運転手として勤めている夏季崎と申します」
紫条院さんの傍らに立っていた柔和な笑顔の40代男性がぺこりと頭を下げる。
この暑さでもスーツ姿だが、全然汗をかいている様子はない。
「本日は送迎を担当させて頂きますのでどうぞよろしくお願いします。困ったことがあったら何でも言ってください」
俺の提案した案ではバスで行く予定だったのだが、紫条院さんの母である秋子さんが海行きの話を聞いて車を提供することを提案してくれたらしく、俺たちはありがたくその申し出を受けたというわけである。
クラスメイトの三人はいわゆる『お金持ちの使用人』という職種の人を生まれて初めて見たらしく、目を白黒させながら辛うじて『は、はい、よろしくお願いします!』と挨拶を返す。
「家付きの運転手さんとかリアルでいるんだな……。もしかして執事やメイドさんとかもいるのか……?」
「今更ながら春華の家ってすごいお金持ちなんだって実感したよ……」
うん、まあその気持ちはよくわかる。
ちなみに執事はどうか知らないが、若くて美人なメイドさん(正確には家政婦さんだが)もちゃんといたぞ銀次。お金持ちの家はかなりファンタジーだ。
「おはようございます夏季崎さん。今日はよろしくお願いします」
「はい、先日ぶりですね新浜様。何でも今日のことは貴方が企画されたそうですが、とても素晴らしい行動力ですね。ふふ、攻め手を緩めないとも言えますが」
俺の考えなんて見透かしているだろう大人から暗に『恋愛アプローチの波状攻撃すごいね!』と言われて顔がちょっと熱くなる。うぐぐ、右も左も俺の想いがバレてる人ばっかりだ……。
「さて、それじゃあ早速車を回してきますね! 行きましょう夏季崎さん! 一日は短いんです!」
「はは、本当に今日のお嬢様は上機嫌ですね。目のキラキラっぷりが違います」
紫条院さんは自分が運転するわけでもないのに、車が停めてある駐車場へ急ぎ足で向かう。逸る気持ちが抑えられないようで、完全に遊園地当日の子ども状態だ。
「それにしても……もしかしなくても何かあったでしょ新浜君」
「え? 何かって……?」
「もちろん春華のことですよ」
筆橋と風見原がずいっと俺へと距離を詰め、じーっと何かの容疑者を見るかのような目をこちらに向けていた。えっとその……近くない?
「実は一週間ほど前に春華と会った時、とあることが原因ですっごく気落ちしていたの。それなのに、この短い間に塞ぎ込むどころか完全に浮かれモードになっているし……」
「最近何か春華とラブ的なイベントがあったんじゃないですか? それ以外に彼女の悩みが吹っ飛んでいる原因が思いつかないんですけど」
紫条院さんの悩み……? 確かに俺の家に来た時にそんなことを言っていたな。
「ああ、この前ちょっと話した時に厄介な悩みを抱えていたって俺も聞いた。けどどうもそれはその時点で解決していたらしいんだよ。結局どんな悩みだったんだって聞いてみたら何故か顔を赤くして『秘密です』って言うし」
まさか紫条院さんがウチにお泊まりしてあれこれとラブコメじみた触れ合いがあったとは言えず、ただ事実だけを言う。
「ふーん……そっか。じゃあどっかの時点であの悩みがただの勘違いって気づけたんだね。まあ、全然心配してなかったけど」
「結局問い詰める前に勘違いに気付いたってオチですか。ちょっと面白みには欠けますが、春華が元気になったのならまあ良しとしましょう」
「?」
どうやら紫条院さんの悩みをこの二人は知っていたようだが、言っていることはよくわからない。だがまあ、彼女らの反応を見るにその件はこれで終わりにしておいて良い話のようだ。
「紫条院さんの悩み云々の話は全然知らないけど……新浜、お前本当に攻め攻めだな……」
「へ? なんだよ銀次。どういう意味だ?」
「いやだってよ。『紫条院さんが顔を赤くしてた』って言うからには、電話やメールじゃなくて夏休み中に直接会ってたってことだよな?」
「ぶっ……!」
ば、馬鹿野郎! お前はどこの探偵だ!
そんなところを拾って女子たちにネタを提供するんじゃない!
「ほほーう……なるほどなるほど。やっぱり会っていたんですね。なら色々と納得です。これは是非詳細を聞きたいですねぇ……」
「夏休み中に会うってもうデートでしかないでしょ!? ねえねえ、どこに行ってたの? 街中? 動物園? 映画館?」
ほら見ろぉ!
友達の恋愛事情なんて女子にとっちゃ至高のオモチャなんだぞ!
目をキラキラさせて根掘り葉掘り聞いてくるに決まってるだろうが!
「いや、どこにも行ってないって! 紫条院さんとどこかに出かけるのは今日の海が初めてだよ!」
「ほほう、どこにも行っていない……なら、もしかして逆に自分の家に連れ込んで熱い一夜を過ごしたとかですか? はは、流石にそれはないで――え?」
「ちょ、おい……?」
「え、新浜君……?」
その瞬間、俺にとっての正解はすました顔で『おいおい、何を馬鹿なこと言ってるんだ』とでも言って呆れ気味にため息をつくことだった。
だが、その冗談から出た真実を言われてしまった瞬間に、まだ記憶に新しいお泊まりの光景がいくつもフラッシュバックして、極めて迂闊なことに赤面して言葉に詰まるという最悪な反応を示してしまったのだ。
そしてそのほんの数秒のリアクションは、疑惑の発生と確信には十分なものだった。
「「「………………」」」
……沈黙が痛い。
さっきまでニヤニヤ顔だった風見原と筆橋を含めた三人は、真顔になって俺を凝視している。そして、こうなってしまえばここから俺がどうとぼけても、もはや手遅れでしかない。
それからややあって――
「そ、そっかぁ……新浜お前とうとう『卒業』して大人に……はは、もう俺と『このヒロインは俺の嫁!』とか言ってたお前はいないんだな……」
「わ、わああああああ……! と、とと、とうとう二人がそんな関係に……! あの春華が新浜君の部屋で……うわああああ……」
「おめでとうございます発情マン。合意の上ならとやかくは言いませんけど、春華を悲しませたら冗談抜きで股間の風鈴をもぎますのでそのつもりで」
「違うってのぉぉ! お前ら揃いも揃って頭の中がピンク色すぎだろぉぉ!?」
完全にエロい誤解をしているであろう三人に向かって、俺は叫んだ。
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