第67話 貴女の名は
私こと新浜香奈子は、今とても特殊な状況にいた。
今いるのは慣れ親しんだ新浜家のお風呂場だ。
この家の人間である私がここで湯船に浸かっていること自体はいつも通りなんだけど――
「ふう……ああ、温かいです。冷え切った身体が生き返ります……」
けどそんないつもの湯船も、最上位クラスの美少女が一緒に入浴しているとなると、一気に未知の桃源郷に変わってしまう。
(すごい……すごすぎる……何この人の肌の白さにもの凄い色気……武道館クラスのアイドルと一緒にお風呂入ってるみたいで現実感がない……)
私が小柄だからある程度余裕を持って二人で湯に浸かれているのはいいんだけど……お互いタオルを身体に巻いているにも関わらず、目の前にぷかぷかと浮かぶ二つのメロンの破壊力だけでおしゃべりの私が絶句するほどに圧倒されている。
他にもヘアピンで簡単に巻き上げたロングの髪に、露わになったうなじ、白くて細い肩、間近で見ると改めて美人すぎるとわかる顔……どれもこれも理性をぶっ壊しかねない危険なブツで、同じ女なのに興奮のあまり鼻血が出てしまいそうだった。
「けどすいません……人様の家に押しかけたあげくに、お風呂まで頂いてしまうなんて……」
「い、いやいやいや! お姉さんは恩人なんだからそんなことはいーって!」
お姉さんの手を引いて新浜家に辿り着いた時――私たちはもうタオルで拭くどころのビショビショ具合ではなく、どう考えてもすぐにお風呂が必要だった。
家にはちょうどママも兄貴もいなかったので私はさっそくお風呂を沸かし、当然お姉さんに先に入るように言ったのだけど、お姉さんは『私はいいですから貴女こそ先にお風呂に入ってください! 風邪を引いてしまいます!』と譲らずに、ちょっと揉めてしまった。
そして、結局私がキレて『あーもー! お姉さんのお人好し! なら女同士だし一緒に入ろうよ! それなら万事解決だし!』とヤケクソ気味に言うと、お姉さんが『……そうですね。このままだとお互い遠慮し合って身体が冷え切ってますし……それでいきましょう!』とその案を採用してしまったのだ。
「それよりお姉さん本当に平気? こんな知らない家のお風呂に初対面の私と一緒に入らせちゃって……勢いでメチャクチャな提案をしちゃったって今すごく反省してるんだけど……」
「いえいえいえ! 一緒に入るのを同意したのは私ですし何も困ってません! そもそもズブ濡れなのは本当に困っていましたし、とっても感謝しています!」
本当にそう思っているようで、お姉さんは湯船の至近距離でにっこりと微笑む。
うわぁ……本当に内面まで美人なんだこの人……。
「うん、そう言ってくれてありがとお姉さん……財布本当に助かったから」
「ふふ、どういたしまして。助けになれたのなら良かったです」
品を感じさせる柔らかな物腰で、お姉さんは私のお礼を受け止める。
うーん……なんかまるで城下町に降りてきたお忍びのお姫様みたい……。
ところでさっきからずっと気になっているんだけど……。
「それでさお姉さん……さっきからガン見しちゃってたんだけど……その胸はどうやって育てたの!? あと肌の白さもどういうこと!? 秘訣があるなら土下座してでも聞きたいんだけど!」
この自他ともに認める美少女中学生である香奈子ちゃんだが、唯一のコンプレックスはいつまで経ってもロリータ系から抜け出せないこの体型だった。
お姉さんのこのボディは私の理想であり、その育成方法は是が非でも聞き出しておきたい。
「え? いえ、特に何かしているわけじゃないですけど……たくさん食べてたくさん寝るくらいで特に秘訣とかは……」
「うわーん! そうじゃないかと思ったけど生まれながらの富める者だったー! 自動的にそんなパーフェクトボディになるとかずるいー!」
「も、もう……恥ずかしいのでそんなに身体のことを言わないでください。たまに友達にも言われますけど、普通よりちょっと大きいだけですし……」
ちょっとじゃないし! ぜんっぜんちょっとじゃないし!
その友達だって絶対超羨ましがってるってっ!
と、そんな世の無常を嘆いていると――雨音がまた一際大きくなった。
どうやらまだ天気は荒れまくっているらしい。
「うわぁ、まだ降ってるね……今日は最悪だったなもー……ちょっと気分を変えてストレートでセットしたのにぐしゃぐしゃだったし……」
「すごく似合ってましたけど……普段は別の髪型なんですか?」
「あ、うん。大体ツインテールが多いかな。ほらこんな感じで」
私は両手で一房ずつの髪束を作って、ツインテールをぴょこぴょこさせた。
なんだかんだで、家にいる時はこの髪型でいることが多い。
「ああ、いいですね! とても似合って……あれ……? その髪型……」
「うん? どしたの?」
私のツインテール姿を見るなり、お姉さんは何故か動きを止めて私の顔をじっと見つめてきた。
な、なんだろ? こんな美人さんに見つめられると恥ずかしいんだけど……。
(あ、しまった……! 今気付いたけど、私ってば恩人に対して名前すらまだ……ってあれ? このお姉さんやっぱりどっかで見たような……)
けれど、どう思い出してもこんな美的インパクトの強い人に会った記憶はない。
でも……確かにどこかでこの可憐な容姿を見た覚えはある。
会ってないのに見た……?
例えば動画とか写真とか…………あっ!?
「あ、あああああああああああ!? そうだ……! しばらく前に兄貴が見せてきたクラスの集合写真の……!」
「あ……あ、あ……!? や、やっと記憶とイメージが一致しました! 貴女は……昨日の街中で……!」
「し、紫条院さん!? 紫条院さんなの!?」
「新浜君と一緒にいた女の子……!」
お互いがお互いに向かって驚きの言葉を投げかけて――
「「…………………………………………え?」」
外からの雨音だけが響くお風呂場に、私たち二人の困惑の声が木霊した。
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