第56話 あの子へメッセージを①


 放課後の夕方。

 俺と紫条院さんは図書委員の仕事のため二人で図書室にいた。


「やっぱり主人公がカッコいいライトノベルはいいですね! 最近一気読みした中では『魔術士オーファン』とか最高でした!」


「ああ、あいつカッコいいよなぁ……。5巻で過去の自分と戦う時の台詞が一つ一つ胸に響いて、めっちゃ好きになったよ」


「そうそう、そうなんです! 私もその巻がすっごく好きで――」


 図書室のテーブルに向かい合って座る俺たちは、いつもどおり図書委員の仕事の合間にラノベ談義を楽しんでいた。


 それは趣味と恋愛がマッチした至高の時間であり、いつもの俺ならただその幸せに身を浸しているだけなのだが、本日ばかりはちょっと事情が違った。


 何せ今日は、この時間の中でこなすべきミッションがあったからだ。


(今日こそ……今日こそ言い出さないといけない……!)


 ドキドキと高鳴る胸をなだめて、俺はタイミングを見計らっていた。


 言うべきことはシンプルであり、その内容もこうやって紫条院さんと軽く談笑できるようになった今では特に不自然なことでもない。


 たった一言――アレを教えてくれとさえ言えばいい。


(本当はもっと早く聞くべきだったんだろうけど……実はまだ聞いていないって言ったら周囲から総スカンだったからなあ……)


 思い返すのは、俺の恋愛事情を知っている近しい奴らの呆れ顔だ。


『は?? まだ聞いてないとか……何やってんの兄貴?』


『お前マジかよ……あれだけ仲良くなってて……』


『はい……? 今までいくらでも聞く機会はあったでしょうに、一体何をやっているんですか?』


『え、まだだったの!? え、ジョーク?』


 以上が妹の香奈子、銀次、風見原、筆橋から頂いたありがたい言葉の数々だ。

 そして、客観的に見ても理があるのはあいつらの方であり、未だアレを聞き出せていない俺が悪いのだ。


(しかしいざ切り出すとなると緊張するな……前世でも陰キャだった俺がこんなことを女の子に聞く機会なんてなかったし)


 とはいえ、いつまでも悶々としていても仕方がない。

 必要なことに対してビビって二の足を踏むのは、今世における俺の人生スタイルからも外れることだ。


「その……紫条院さん。実はちょっと聞きたいことがあるんだ」


「あ、はい。なんでしょう新浜君?」


「あの……実は、メ……メ……」


「メ……?」


 ああくそ、羊じゃあるまいし何をメーメー言ってるんだ俺は!


 怖がるな! 自分が積み上げた好感度を信じろ!

 紫条院さんと次のステップに入りたいっていう願望に正直になれ!  


「その………! し、紫条院さんの携帯番号とメールアドレスを教えて欲しいんだ……!」


 緊張を乗り越え、俺はようやくそれを口にした。


 今までは――学校に来れば紫条院さんとは必ず会えた。

 勉強会も図書委員の仕事も、同じクラスなのだからいくらでも打ち合わせできた。


 だから特に不便は感じていなかったが――もうそろそろ一学期が終わり夏休みが

やってくる。


 このまま番号とメアドを交換しないまま終業式を迎えてしまうと、約一ヶ月もの間、俺たちは接点を失ってしまう――そんな当たり前のことに気付いたのが最近だったのだ。


(さほど会話のない間柄だったらこれを聞くのはナンパ以外の何ものでもないけど……紫条院さんの俺への認識が『友達』までランクアップしている今なら何の問題もないはず……だよな……!?)


 とはいえ、人生初の『メアド教えて』を口にした俺の心臓はバクバクだ。

 こんなことを息するように聞ける陽キャたちは凄すぎる。


 そして紫条院さんの反応はと言うと――


「………………」


 え、ど、どうして紫条院さんは衝撃を受けた様子で固まっているんだ……?

 まさか、俺のお願いに困って――

 

「は、はい! はいはいはいはい! 是非お願いします!」


「おわ!?」


 不安な目をしていた俺に、紫条院さんは突如グイっと身体を寄せてまくし立てた。 な、なんだこの勢いは!?


「ああ、まさかこんな短期間にアドレスを交換する友達が増えるなんて……ようやく寂しい女から脱却しつつあります……!」


「え? あ……」


 まるで救いを得たように喜ぶ紫条院さんを見て、俺は紫条院家で彼女が言っていたことを思い出した。


 高校に入ってから周囲と浅い交友関係はあっても、溝があって一定以上仲良くなれた人がいなかったと……そう言っていた。


「もしかして……今まで友達とのアドレス交換をほとんどやったことがなかったとか……?」


「は、はい……恥ずかしながらその通りなんです……。一年生の時もクラスの女子の皆さんとは無難な会話をするのがせいぜいで……周囲がどんどんアドレス交換していく中で、一人だけ置き去りだったんです……うう……」


 その時の寂しい日々を思い出してか、紫条院さんは涙ぐむようにして言う。


「漫画やライトノベルだと女子高生同士はすぐに仲良くなっていくのに現実は厳しくて……最近まで両親の登録しかないすっきりしたアドレス帳を見るたびに、落ち込んでいました……」


「そ、そこまでだったのか……」


 コミュ力の低い生徒がクラスに馴染めずに友達が増えないのはよくある話だが……逆にコミュ力、美貌、家の社会的地位の高さなどが揃いすぎてアドレス交換すらままならないレベルで敬遠されてしまうのは珍しい。


 しかし、ということは……紫条院さんはそんなふうに寂しい思いをしていたのに前世の俺や他の連中にも常に笑顔で明るく接してくれていたのだ。

 ……聖女か?


「あ、でも最近になってようやく風見原さんと筆橋さんがアドレス登録をしようと言ってくれたんです! 私はもう嬉しくて嬉しくて……つい涙をぽろっと零してお二人をすごく慌てさせてしまいました……」


「そりゃ慌てるよ……」


 しかし紫条院さんの交友関係が浅いとは聞いていたが、携帯の登録アドレスの数を悲しく思っているぼっち属性すらあったとは予想以上だ。

 クラスの団結や一体感が好きな要因ってこういうところもあったのかな……。


「じゃあ早速交換しましょう! すぐしましょう!」


「あ、ああ、よろしく頼む!」


 ウキウキの紫条院さんの携帯と俺の携帯を近づけ、未来のスマホ時代ではあまり見なくなった赤外線通信でアドレスを交換する。


「ふふっ……これで友達のアドレスは三つ目です! なんだか人生がとても楽しくなってきました!」


 無邪気なホクホク顔の紫条院さんを見ると、自分の目的が達成できて嬉しいというよりも何だか善行を積んだような気分になるな……。


「あ、でも……新浜君はちょっと特別かもですね」


「え……?」


「なにせ、お父様以外だと私のアドレスに登録した初めての男の人ですから!」


「~~~~っ」


 これまで何度も思い知ったことだが、そうやってドキリとするようなことを無邪気な笑顔で言ってしまえるのが紫条院春華という少女だった。


 ああもう……いつもの無自覚なんだろうけど、ピュアなハートとムラムラする身体を備えた高校生男子に、『初めての男の人』はあまりに特効すぎるって……!


「実は……俺もそうなんだ。家族を除けば女の子とアドレスを登録するのは紫条院さんが初めてだ」


「わあ、そうなんですか! それはとても光栄です!」


 お世辞とかじゃなくて、本当にそう思っているのが顔を見るだけでわかる。

 俺としてはそんな言葉を貰えること自体が光栄だ。


「あ、気が向いたらメールを送ってくださいね! アドレスの交換はしたのに全然使われないなんて寂しいですし!」


「あ、ああ! じゃあ今日の夜にでも早速最初のメールを送っておく!」


「え、本当ですか!? じゃあ楽しみに待っていますね!」


 メールを送る口実に飛びついた俺に、紫条院さんが笑顔で応じる。


 よし……よしよしよし!

 アドレスを聞き出せたばかりか、ファーストメールを送ることもしっかり約束できた! これは考え得る限り最高の成功と言っていいだろう。


(ふう、良かった……昔ネットで見た記事だと女の子にアドレスを聞くと『すいません、携帯が修理中なので』とか『実は携帯持ってないんです』とかの遠回しな拒絶が来ることも覚悟しろって書いてあったけど、全然杞憂だった……!)


 これで最大の難関は突破した――そう思い込んでいた俺は、ミッションを完了して紫条院さんとまた一歩距離が縮まったことに喜んでいた。


 その日の夜に、自分の経験値不足から大いに苦悶するとは想像もせずに。





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【作者より】

 作者の事情により更新スピードが落ちており不甲斐なく思っております。

 社畜レベルとはいきませんが可能な限り頑張ります。

 また、文化祭編以降は大型エピソードが続きましたが、今後はこういった数話で完結する話も増えるかもしれません。

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