第39話 好きな子の母親に娘さんが好きですと告げるハメになった
結論を言えば、俺は完食した。
多かったかと言われればめっちゃ多かった。
この昼食会にかける紫条院さんの気合いがそのまま量に反映されていた。
だがそれでも俺はフォークやスプーンを動かし続けて、意中の人の手によって生み出された料理をどんどん自分の胃に収めていった。
その結果――今、俺の目の前には綺麗に片付いた皿のみが並んでいる。
(げ、げふっ……き、きっつい……腹が無理矢理詰め込んだトランクみたいにパンパンだ……)
思えばたった一言「ごめん、これ以上はちょっともう腹に入らないかな」とだけ言えば誰が嫌な思いをするわけでもなく済んだ話なのに、何故俺は全部平らげることに執着したのか。
その答えは、俺のために料理を作ってくれた憧れの人に、そんなことは言えなかったからとしか言いようがない。
どうやら俺のハートは、自分が思っている以上に男子高校生仕様のようだ。
「うぷ……うん、美味かった……本当に最高だったよ紫条院さん」
「ふふ、お粗末様でした。とてもいっぱい用意したつもりでしたけど、全部食べてくれるなんて嬉しいです!」
「はは、これくらい軽いって……」
実際は油汗をかいており動くのも辛いが、俺はそこを誤魔化して強がった笑顔を浮かべて見せる。
「やっぱり男の子の食欲はすごいですね……お父様が最近『いよいよ揚げ物は量を食うのが辛くなってきたな……若い頃は唐揚げとかいくらでも食えたのに』って悲しそうな顔をしているのを思い出しました」
ああ、その悲しみはすごくよくわかる。
今俺が『腹がパンパン』程度で済んでいるのはこの16歳の身体あってこそで、30歳のボロボロの身体で同じことをしたら病院行きすらありえる。
(焼き肉でカルビ1皿食うだけで油の許容量が限界になった時は歳を感じて悲しかったなあ……だんだん味が薄い和食とかの方が好きになっていくし……)
「お父さんと言えば……家に俺を呼ぶってご両親に話した時に反対とかなかったのか? お母さんはさっき話した時、そんなふうじゃなかったけど……」
「え? いえ、全然反対なんかなかったですよ? 私が今回のテストで凄くお世話になった友達を招待したいと言ったら二人ともすぐ頷いてくれました」
「そ、そっか。それならよかった」
娘が家に男子を連れてくるなんて父親はあんまりいい顔をしなかったかも……と思ったがどうやら杞憂だったらしい。
大会社の社長だけあり、なかなか寛容で器の広いお父さんなんだな。
「さて、それじゃあごはんも片付いたので、デザートを持ってきますね!」
(えっっ!?)
あ、あああああああ! そ、そうだった……!
紫条院さんは「お昼ごはんとお菓子を作っておもてなしします!」と言っていたじゃないか! そりゃデザートあるよ!
(い、いかん……この身体の消化力なら一時間も経てばデザートくらい入るだろうけど、今はもう流石に無理だ……!)
くそ、仕方がない。ここは正直に腹具合を白状して――
「ふふ、そう急がなくていいじゃない春華?」
「お、お母様!?」
気がつくと、紫条院さんの母親である秋子さんがそばに立っていた。
しかし、二人が並ぶと親子というよりやっぱり姉妹だな……。
「普通にドアを開けて入ってきたのにそんなに驚かなくても……ふふ、二人ともお喋りに夢中になっていたみたいね」
俺たちをからかうように秋子さんがクスクスと笑う。
「新浜君はおなかいっぱい食べたことだし、デザートの前にちょっとだけ食休みを挟みましょうか。新浜君もその方が美味しく食べられそうでしょ?」
「え!? え、ええ……そうですね。ちょっと休んだほうが食欲が増しそうです」
突然俺の腹具合を見透かしたようなことを言われて驚いたが、俺は渡りに船とばかりにそう回答する。
「でしょう? じゃあ、そういうわけでちょっと小休止として……春華はキッチンで洗い物でもしてなさい。その間少し新浜君を私に貸して頂戴な♪」
「ええっ? ど、どうしてお母様が?」
「貴女が友達を家に呼ぶなんてそうそうないことだから、少しだけお話してみたいのよ。それに……後で嵐が吹き荒れる前に色々聞いておきたいもの」
「はい? 嵐……って何ですか?」
紫条院さんが首を傾げるが俺も気になる。
なんだか不穏すぎる単語なんだが……。
「うふふ、貴女以外のこの家にいる人間全員が予想できてる嵐よ。いいからお母さんの頼みを聞いてキッチンに行きなさいな~」
「は、はい……それじゃすいません新浜君。ちょっとだけ席を外します」
納得いってなさそうな紫条院さんだが、母親の言葉は無視できないようで食器を持ってキッチンへ消えていった。
「さて、改めて春華の母の秋子です! いやーもう、本当に君とお話してみたかったわ! 一体どんな子なのか興味津々だったもの!」
「は、はぁ……」
紫条院さんのお母さんのテンションはやたらと高い。
なんだか凄く面白がってる……のか?
「それで新浜君。あの子の料理はどうだったかしら~?」
「それは……とても美味しかったです。正直予想以上にハイレベルでびっくりしました」
「そう、良かったわ! あの子は不器用だけど今回はいっぱい練習してすごく頑張って作っていたから、君にそう言って貰えて凄く嬉しいはずよ!」
秋子さんが満足そうに微笑む。
紫条院さんの母親らしくぽわぽわした言葉遣いだが、自分の娘に対する愛情は強く伝わってくる。
「けれど料理の量が多くてびっくりしたでしょう? いや、私も他の家政婦たちもいくらなんでも多過ぎだって言ったのだけど……『大は小を兼ねます! 多ければ残してもらえばいいだけですけど、足りなかったら失望させてしまいます!』と言って聞かなくて……」
な、なるほど……紫条院さんの生真面目さが全開になったわけか……。
「言っていることは一理あるのだけど、多いからって残すとは言えない男心をあの子はまだちょっとわかっていなかったみたいねぇ」
「うっ……」
流石に人生経験が豊富なようで、俺が無理して料理を平らげたことは完全に見透かされているらしい。
「それでも結局全部食べてくれたのねぇ。ちょっと意地悪かもしれないけど……君の口からどうして無理をしたのか教えてくれないかしら?」
「それは……その……」
目を輝かせながら聞いてくる秋子さんに、俺は口ごもる。
しかし結局、理由なんて一つしかない。
「春華さんが作った料理だから……多少無理してでも全部食べたかったんです」
「ふわああああああ……! そう、そうなのね! いいわいいわ! そういうピュアな男の子の無理って大好きよ!」
赤面しながら告げる俺とは対照的に、秋子さんはめっちゃ興奮していた。
どうやら俺の答えは心ゆくものであったらしい。
「ふう、さて……ちょっと真面目なことを言うと、君には勉強や他の色々なことで春華を大分助けてもらったみたいで母親としてとてもありがたく思っているわ」
ハイテンションを落ち着かせて、真剣な面持ちで秋子さんが言う。
「それは別に大したことじゃ……」
「大したことよぉ。あの子は昔からちょっとアレコレあるせいか、交友関係は広く浅くで、多少お喋りできる女子の友達はそこそこいても、そこまで親身になってくれる子なんて今まで聞いたことなかったもの。だから色んな面で世話を焼いてくれる君の存在はとてもありがたいわ」
「春華さんのアレコレ……美人すぎることと天然さが相まって一部の女子からの嫉妬がもの凄いことですか?」
「そう、そうなのよぉ……! あの可愛いお顔にフワフワした性格がブリっ子とか男に対してあざといとか言われて同性から妬まれるの! 酷い話!」
そこについては俺も全く同意見だ。
紫条院さんに嫉妬して絡んでくる奴らは心根が貧しすぎる。
「しかも自分が美人だという認識が薄いですからね……周囲から妬まれても自分の性格や振る舞いに問題があると思いがちで、真面目で思い悩んでしまうタイプです」
「そう、そうなのよ! あの子は自分にしか原因を求めないから……それにしても君は高校生とは思えない落ち着きぶりねぇ。とっくの昔に成人してるみたい」
すいません、本来は成人どころか30年分の人生経験があります。
まあ今の感覚は若い肉体に引きずられて心は16歳モードなんですが。
「それにしてもそこまでわかっているなんて、やっぱり君は春華のことをずっと見てくれているのね」
「それはその……最近話す機会が多くなっているのは確かです」
ふと思い返せば、本当に紫条院さんとは距離が近くなったな……。
前世とは違って彼女に関する様々なことを知り、こうして家に招待してもらって母親とも話している。今更ながら信じられない。
「それでそのぉ……どうしてもハッキリと確かめておきたいことがあるの。私から単刀直入に聞くのはちょっと恥ずかしいのだけど……」
秋子さんは何やらもじもじしながら言い淀む。
な、なんだ? 何を聞く気だ?
「君は……ええと、あの子の事が女の子として大好きなのよね?」
「ぶふぉっ!?」
ちょ、おい! 何を聞いてくるんだこの人!?
しかも聞いておいて自分が赤面しないでくれ!
そういうピュアなところは娘と同じかよ!
「その……どうなの? もし君がごく純粋に友情しか抱いていないのなら残念だけどそう言って欲しいなぁって」
「いえ、その――」
ここが嘘を言っていい場面ではないことは、もちろん理解できていた。
しかし……紫条院さんより先にその母親へ想いを告白するとか、一体何のプレイだよ!?
「それは……好きです。自分でもびっくりするくらい気持ちは大きくなってます」
「わあ……! わあああああああああ……! や、やっぱりそうなのねっ!」
俺が恥をこらえて正直に言うと秋子さんはめっちゃ顔を輝かせてきた。
うわぁ、なんか目もキラッキラだ。
「いやぁ、いいわねえそのストレートな若さ……! そうなのねぇ……そんなに春華のことを……わぁぁ……」
恍惚の表情を見せる秋子さんだが、そうやって喜ばれるほどに俺の羞恥心は深まっていき、頬が紅潮していくのがわかる。
「は……! 今気付いたのだけど、よく考えてみたら母親の私から娘が好きかどうかを聞き出して大興奮するなんて、とても倒錯した趣味みたいですごく恥ずかしいわ……!」
「もっと早く気付いてくださいよ!? 恥ずかしいのは俺の方ですよ!」
紫条院さんの母親だけあってやっぱりこの人も天然かよぉ!
「でしょうねぇ。気の毒なくらい真っ赤になってるし……でもあの子の母親として新浜君の気持ちを聞いておくのは必要なことだったの!」
両拳をぐっと握って熱弁し、秋子さんは続けた。
「君みたいにしっかりした子が春華を想っていてくれるのは大歓迎よ! さっそく荒波はあると思うけど、可能な限りフォローしてあげるから!」
お、おお……?
全くそんな気があったわけじゃないけど、これは……紫条院さんのお母さんから応援をもらったということでいいのか?
「あ、ありがとうございます。けど、その……あんまりお母さんの口からあの子を想ってるとか言うのはやめてください……恥ずかしくて死にそうです」
「うふふ、ごめんなさい。 あ、何ならお詫びにあの子の部屋で二人っきりにしてあげようかしら?」
「え!? い、いや、それは……!」
「ふふ、ちょっとぐらついた~」
赤面して狼狽する俺に、大人になった紫条院さんそのものの顔で秋子さんは無邪気に笑った。
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