第21話20 偽りだらけの再会 3
結局、あれからリザは眠ってしまったらしい。
翌朝リザが支度をすませて階下に下りていくと、食堂は朝食を取る泊まり客でごった返していた。
王都に向かう人、王都から来る人、どちらも食事を終えた者から次々に出発していく。
エルランド達の姿は既になかった。
リザはほっとしたような、苦しくなるような心を隠しながら、食事を頼むために調理場に向かうと、宿の入り口が開いてセローが現れた。
リザを目ざとく見つけたセローは、にこにこして階段を上ってくる。手には
「おはよう、リオ」
「お……おはようございます。あの、皆さんは出発されるのでは?」
「ああ、エリツ様がとても心配されて、今朝になって俺だけ残るように言われたんだよ。お嬢さんの具合はどうだい?」
「は、はい……もう起きておられます」
リザは驚きをなんとか抑えて答えた。
「じゃあ朝ごはんだね。俺が二人分頼んでくるから、この桶を持って行ってくれる? もう一度足首を冷やした方がいい」
セローは水が入った桶をリザに渡すと、軽快に階段を下りて行く。リザが急いで部屋に戻ると、ニーケも既に起き出していた。
「ニーケ! あの人がまだいるわ!」
「ええっ! 王都に行くんじゃなかったんですか?」
「セローという若い人が残っていたのよ!」
「どういうことでしょうか? 何か良くないことでも」
「わからない。でもしばらく部屋にいましょう。あの人が来るわ」
桶には水がたっぷりあったので、手布を湿らせて顔を拭うようにニーケに渡し、自分も体裁を整えた。それからニーケの包帯をほどき、残りの水に足首を浸す。湿布を剥がすと腫れは昨日よりやや引いていたが、とても靴を履けるような状態ではなかった。
「まだ痛そうね。今日の出発は諦めましょう」
リザは観念したように言った。
「失礼します」
その時、扉が開いて盆を持ったセローが入ってきた。
「朝ごはんをお持ちしました」
「ありがとうございます……あの、私のためにご迷惑をかけてしまって……皆様はいつ戻ってこられるのですか?」
「さぁ二、三日だと思います。そんなに難しい用事でもないらしいので。だから、俺もここでみんなが戻ってくるのを待ちます」
テーブルに皿を並べながらセローが説明する。どうやら話好きの青年のようだ。
「む……難しい用事じゃ……ない」
リザの声が震えた。
「あの、どうして、私達にそこまでしていただけるのですか?」
尋ねたのはニーケだ。リザの様子を見て気を利かしたのだ。
「さぁ。俺にはわからないです。でもウチの主にはなんだか不可解なところがあって、いつもは大抵淡白なくせに、たまに何かに非常にこだわる時があるんですよ」
「……」
「……だから俺はそういう時には、黙っていうことを聞くことにしています。周りの奴らもそうです」
「セロー様は東からこられたんですよね?」
「ええ。東も東、この国の東のどん詰まり。イストラーダって、ど田舎からやってきたんですよ」
「イストラーダ……」
「はい、用意できました。どうぞ召し上がれ」
リザがぼんやりしている間に、具合よく朝食が用意されていた。いつの間にかテーブルが寝台に寄せられている。ニーケに歩かずに食事させようという配慮なのだろう。昨日から感じていたが、この青年は何かとよく気が利く
「食べ終わったら言ってください。もう一度湿布を貼り直しますから」
そう言うと、セローは機嫌良さそうに出て行った。
「……とにかく朝ごはんを食べましょう、ニーケ。とってもお腹が空いたわ」
「そうですわね」
疑問符を飛ばしながらも、二人の娘達は、湯気のたつ粥を黙々と食べ始めた。
あの人が王都から戻ってきたら、私たちは夫婦でなくなっているのね。
「男の人なんて、勝手なものですね。奥様をすげ替えたり、放り出したりできるんですもの」
「放り出されるも何も、一度会っただけだし、お互い愛着なんかないわよ。それにもし、兄上……国王陛下に命じられたのだとしたら従うしかないでしょう」
リザはなぜかエルランドを
「それに、どうせ私たちは逃げてきた身だわ。最初の予定通り、とりあえずニーケの大叔母様のところにご厄介になりましょう。セローさんをなんとかごまかして、あの方が戻ってくる前に、ここを
ごまかす。
昨日からごまかしてばかり、嘘ばかりだわ。
リザもエルランドも偽名を名乗り、お互いの身分や目的を隠している。やはり二人はここで出会うべきではなかったのだ。
リザは小さな拳を握りしめた。
「そうですね。それに人相書きのこともありますし。私なんとか明日は発てるように頑張ります」
「頑張るんじゃなくて休みます、でしょ? 一日しかあげられなくて申し訳ないけど、今日だけはセローさんの言った通りゆっくり養生してね。明日の朝早くここを発ちましょう。誰もまだ起き出してこないうちに」
リザは西の窓に目を凝らした。たくさんの人が王都への道を行き来している。
そこにエルランドの姿を見ることは、もうあってはならないのだった。
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