第489話 父として夫として
「水の精霊といっても、妻は何代も前の祖先の血を少し受け継いだ程度なので、純粋な精霊という訳ではないですがね」
軽くその水を観察しているとそう説明をしてくれる半蔵。
精霊が人と交わるという例はないこともない。
その力は血を重ねる毎に薄くなるが、中には血の影響を無視して生まれつき自然と力に目覚める者もいるという。
「娘は妻によく似ていますが、精霊の力は受け継がなかったようですね。まだ目覚めてないということもあるのでしょうが。シリウス様ならその力を目覚めさせられますか?」
「出来なくはないけど、オススメはしないかな」
力には、本人との相性もある。
茜の場合は俺の加護で力を引き出す方が圧倒的に安全で確実だし、無理に目覚めさせる必要もないだろう。
「茜は知ってるの?」
「話してはいませんね。私自身、妻のことを話すのを避けてましたから」
ゆっくりとお猪口を動かしてその顔を緩める半蔵。
「もっと話してやるべきだったんでしょうけどね」
「まあ、無理もないよ」
奥さんの話になってから、いつも以上に半蔵の厳つい顔が緩くなってるのを見てると、それだけ奥さんを愛していたのだろうと分かるし、無理に話せよとは言えるわけもなかった。
「結局、父親としても夫としても私は何もしてやれませんでした。妻や子供たちからは多くを貰ったのにそれを返せなくてダメな男だとずっと悔やんできました」
そう言ってから、何かをギュッと流すように目を瞑ってから、お猪口をこちらに向けてくる半蔵。
「シリウス様。こんな不甲斐ない俺からの一生で一度のお願いです。どうか――茜を――娘を幸せにしてやってください」
それは願いにも似た不思議な頼み方だった。
お猪口から勇気を貰うようにそう言葉を紡いだ半蔵に……俺は勿論しっかりと返事をする。
「約束するよ。必ず茜を幸せにすると」
そう答えるとふわりとお猪口の水が揺らぐ。
喜びを表すようなそれはきっと亡くなった奥さんの意思の片鱗のようなものだったのだろう。
水の精霊の作り出した水には意思が宿るという話もあるしね。
そんな俺のストレートな返事に……半蔵はふと表情を緩めると深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
半蔵が頭を上げるまで待ってから、俺は一つだけどうしても言っておくことがあると思いこう切り出した。
「ただ、一つだけこっちからも頼みがあるんだ」
「頼みですか?」
「うん。茜……だけじゃなくて、才蔵にも。奥さんの話をしてあげて欲しい。少しでいいんだ。半蔵が話せることだけでいいから伝えてあげてほしい」
半蔵にとって、奥さんが亡くなったことがそれだけ辛かったのだろうことはよく分かる。
父親として子供たちを見届けるために日々頑張ってきたこともよく分かるが……こんな日くらい、無理に父親として頑張ることもないだろう。
「大丈夫。どんな顔をみせようと半蔵は立派な父親だよ。それは二人もよく知ってるだろうからね」
「シリウス様……分かりました」
色々と言いたいことはあったけど、少なくとも今のこの場で言うべきはこれでいい気がしたのでそうした。
勿論、半蔵にも足りない部分は多かっただろうし、良くないところも多々あっただろう。
それでも、奥さんが亡くなってからこうして二人を見守ってきた一人の父親として、これからは俺も茜を支えると言ってやるのが正しい気がしたからだ。
俺も言葉足らずな時があるし、気持ちはしっかりと伝えつつ、立派に夫と父親ってやつになりたいものだと思うのであった。
俺の周りには良い見本も多いしね。
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