第488話 一献の誘い

次に挨拶に行ったのは茜の実家だった。


とはいえ、茜の家族は俺の領地の屋敷の近くの家に父親の半蔵と弟の才蔵が住んでるし、仕事の関係で割と頻繁に会ってるので今更という感じがしないでもないのかもしれないが、挨拶というのは大切だと思う。


そんな訳で、茜と一緒に屋敷近くの家に行くと珍しいことにキッチリとした忍衣装に身を包んだ半蔵が息子の才蔵と一緒に待っていてくれた。


「お待ちしておりました」


そう俺に挨拶すると、茜を見て言った。


「茜。才蔵と一緒に少し外してくれ」

「嫌」


非常になめらなかな即答である。


真面目な空気だが、即答する辺り流石茜というべきか。


離れないと言いたげに俺の腕に抱きつく辺り、流石だと思う。


「だろうな。だが、父としてどうしてもお前抜きでシリウス様と話をしたいのだ」


しかし、いつもなら仕方ないと話を始めそうな半蔵が、今回はひと味違うようで、その答えを分かっていたように頷きつつも真面目な様子でそう茜にそう言った。


「……分かった。でも、シルくんに何かあったら例え親父でも許さないから」


真っ直ぐに視線をぶつけてから、何かを察したように大人しく引き下がった茜の言葉に半蔵は至極真面目に答える。


「安心しろ。話をするだけだ」


そうだといいが。


いつもとは違う様子の半蔵の様子から、試しに攻撃されてもおかしくない雰囲気を感じなくもない。


娘さんを下さいしにきた男にそうなるのは頷けるような気もするけど、半蔵の性格からして不意打ちをするならこんな真面目な空気は出さないだろう。


やるなら家に入った瞬間にやってるだろうし。


視線を才蔵に向けると、才蔵は才蔵で真面目な父親の様子に困惑しつつ、それ以上に茜の言葉の本気度に軽く震えていた。


……うん、才蔵には後で何かしらお詫びの品を贈るとしよう。


巻き込んだようで申し訳ないし。


「シルくん。何かあったら即入ってくるから」


そう言って才蔵を連れて部屋を出ていく茜。


引きずられていく才蔵に軽く黙礼してから、茜に大丈夫だと微笑んで室内の半蔵に向き合う。


「まずは一献、付き合って頂きたく」

「分かった」


どんな意図があるにせよ、こちらはこちらで素直な気持ちを伝えるのみ。


そう思って、半蔵の前に座ると半蔵は何やら秘蔵の酒らしきものを取り出して小さいお猪口にそれぞれ入れる。


この状態で飲むのは違う気がするが、出されたものを断るのも失礼かと手に取ると、それが酒ではなく少し特殊な水であることに気がつく。


「これ、もしかして水の精霊の作ったやつ?」

「流石ですね、その通りです」


この透明度に不思議な香りは水の精霊の作り出した上質な水に相違ないと問うと少し意外な答えも一緒に返ってきた。


「生前、最後に妻が残したものです。水の精霊の血を引く妻の力によって出来た形見と言えなくもないですね」

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