第91話 勧誘

「しっかし、さっきから気になっていたが、氷の魔法を無詠唱で使ってるよな?」


2人や他の婚約者にプレゼントをと考えていると、そんなことを今更ながら指摘してくる虎太郎。


目の前で少しぬるいビールを冷やしているのを見ていたはずだが、食欲の方に興味の大半が割かれていて、少し落ち着いてきたので気づいたって感じかな?


「まあね。気になったの?」

「そりゃまあ、そんな風にぽんぽん使えるものじゃないしな。規格外っていう噂も本当だった訳だ」


褒められているのだろうか?


「噂なんて大抵アテにはならんもんだが、坊主みたいなレベルになると真実も多いみたいだな。世の中広いもんだ」

「そう言う虎太郎も結構な腕を持ってるよね?」

「ん?そんなことも分かるのか?」

「まあ、何となくね」


英雄時代の前世、何人か所謂『本当の強者』と呼ばれるような存在とは何度か遭遇したけど、虎太郎はその人達と同じような領域に近い位置には立ってそうに思えた。


剣も魔法も使ってからこそ、その辺も何となく察することが出来るが……シャルティアの腕前では勝てないかもしれないなぁ。


まあ、向こうはその気は全くなさそうだけど。


何度かわざとスキを作ったけど、それらしいアクションは一切なく、演技にしても堂々としすぎてるし、最近何かと目立ってきている俺を目障りに思ってる人からの刺客とかではなさそうだ。


なら、やる事は一つ。


「虎太郎、俺の所に来る気はない?」

「……坊主、その年齢で、女に飽きて男に走るのは早すぎるぞ」

「そんな気はないから。あと、発言には気をつけた方がいいよ」


虎太郎に殺気を向けるシャルティアと、今にも魔法を発動させそうなセシルを宥める。


二人としても俺がそんな真似をするとは思っておらず、冗談でもそんなことを言った虎太郎にイラッとしてしまったのだろう。


あとは、俺にそんな噂が立ったら困るというものもあるかな?


何にしても、優しい婚約者達だよね。


「というか、分かってて言ってるでしょ?」

「うーん、素性の知れない異国の人間を雇うってのはどうなんだ?」

「少なくとも、俺に害が出そうな人間には思えないからね」


確かに、虎太郎は少し自身の素性を一部伏せてるような言葉もあったが、こうして話してみて嘘はついてないようだった。


俺を妬んでたりする人間からの刺客にしても、こんなレベルの腕を雇える相手には心当たりはなく、むしろ俺としては万が一の事態の時に頼れる戦力として欲しかったりする。


「……なるほど、さっき、微かに魔法の気配を感じて気のせいかと思っていたが……俺がレジスト出来ないレベルでの魔法の行使とは恐れ入った」


降参とばかりに両手を上げてため息をつく虎太郎。


恐らく、虎太郎はある程度の魔法なら無意識でも抵抗して魔法をレジスト出来るのだろうが……先程俺が魔法を密かに使った時は発動してなかったようだ。


しかし、微かでも感じ取られたとは恐ろしい。


何度かこの手の相手に試して一度もバレたことはないのだが、虎太郎は僅かでも違和感を覚えてた辺り、想像通り使えそうだ。


ちなみに、先程は軽い読心術のような魔法を使ったのだが、この魔法を婚約者達に使ったことはない。


本当にヤバそうな相手のみに使ってるし、あまりプライバシーを侵害もしたくないので、こういう虎太郎みたいに読んでも影響のなさそうな相手だからこそ、遠慮なく使えるというもの。


……それに、何となく好きな人の心は自分で考えて答えにたどり着いたいしね。


「んで?何をさせられるんだ?坊主の騎士なんて大層なボジションは俺には無理だぞ?」

「俺の騎士はシャルティアが居るから、それは頼まないよ」


その言葉に嬉しそうにするシャルティア。


うん、その反応は凄く可愛いです。


「じゃあ、執事とかか?生憎と手先は器用じゃなくてな」

「そもそも似合わないからやらせないよ」


それに、執事を置くかはまだ決めてないし。


俺の婚約者に絶対に手を出さずに、仕事が出来て、何よりそこそこの腕前……なんて高望みをしてるから、その候補すらまだ居なかった。


とはいえ、家の中を知る人間になるし、それに俺の婚約者達は皆可愛いし、普通の理性では耐えられるか不明という点もあった。


その点で言えば、虎太郎は問題ないだろう。


シャルティアやセシルへの反応と先程からの観察で虎太郎の好みが少し熟れたマダム辺りだろうと想像できたからだ。


しかも、一般的な美形とはではなく、年相応な感じの人だろうか?


若い店員の女の子ではなく、その母親らしき女将さんに向けていた視線が何ともそれを物語っており……人妻に手を出して問題を起こしそうかもという危惧もあったが、その辺も恐らく心配はないだろう。


「俺の領地で、裏方の警護をして欲しい。まあ、もしもの時の切り札って言えばいいかな?」

「そんな事でいいのか?」

「うん、人に迷惑をかけなければ、好きにしていいよ。ただ、何かあったら駆り出すことにはなるけど」

「用心棒ってやつか。なるほど、それなら楽そうだ」


一応王子だし、もう少し堅苦しいことかと思っていた虎太郎は俺の話に適任だと思ったのか直ぐに乗ってくれた。


今のところ、俺の領地は平和に回っているし、エルフのスフィアとセリアが居るとはいえ、もう少し防衛力も欲しかったので、虎太郎はちょうど良かった。


そんな訳で、俺はこの日出会った虎太郎をウチの領地での用心棒として雇うことにしたが……まあ、俺には領地がもう一つあるので、そちらの人材ももう少し欲しいところだなぁ。


前に貰った温泉地は、代官に任せてるけど、向こうにももう少し信頼できる人が欲しいところ。


まあ、それはおいおいとして、今は新しい人材の虎太郎ともう少し話してみるとしよう。


そんな訳で……侍さんを雇いました。















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