閑話 スフィアの失ったものと取り戻したもの

私が100歳を間近にした頃のこと。


妹のセリアは生まれた。


エルフは人間とは違い何百年もの長い時を生きる。


その分、人間よりも成長が遅く、エルフの100歳は人間でいうと10歳前後のことなので、そう珍しい話でもなかった。


私は、エルフの中でも極めて魔法の才に恵まれていると思う。


天才だと、言われることもあるくらいに。


でも、妹のセリアは私よりも天才だと思う。


エルフにしては身体が弱く、病弱なのであまりベッドから出られない生活を送っていたけど、教えたことはすぐに覚えて実践できる。


そんな妹の存在は私にとって複雑だった。


可愛い妹という反面、少しだけ本当は自分より優れている妹に対する焦りのようなものもあった。


もし、私が病弱で妹が元気だったら、私に存在価値は無かったのでは?


病気で苦しいのに私に笑みを浮かべる妹に、そんな最悪なことを考えてしまう。


きっと、これも遺伝というものなのだろう。


私とセリアの父は物凄くプライドが高く、弱い者を見下して蔑むのを愉悦とする最悪な性格をしていた。


母は、セリアを生んでからすぐに死んでしまったのだが、多分父からのストレスで死が早まったのだろう。


それくらい、クズな性格の父親なのだ。


そんな父にとって、妹の存在は邪魔でしか無かったのだろう、その存在をとことん無視していた。


無視するだけ、まだ慈悲があるのかもしれないけど。


エルフという種族自体、比較的プライドが高いというのを覗いても父は異常なほどに歪んでいた。


向上思考なんてものはなく、相手をどう蹴落とすか、そんな感じだ。


だから、父は私が嫌いであったらしい。


才能ある若きエルフの魔法使い、それも自分の娘ともなると、可愛さよりも汚れた気持ちが強くなるようであった。


私の歪んだ顔を見るためだけに、色々と影で嫌がらせなどもされた。


それでも、父が裏でやっていたことに比べれば全然可愛かったのだが。


父は、人間と繋がっていて、人間の子供を買い取って拷問して遊んでいたらしい。


それを私が知ったのは私が130歳の頃のこと。


エルフにとって、人間とは関わってはいけない存在という認識であった。


それでも、決して虐げるべき存在という訳でもなかった。


生まれて初めて見た人間の子供は、私と変わらないくらいの幼い子で、身体中拷問の後が残っていて、冷たい牢獄の中でぐったりと力なく倒れていた。


こんな事をするのが、私の父親というのが本当に嫌で嫌で堪らなかった。


そして、私はこのことをエルフの里の長に話した。


私の密告により、父はエルフの里を追放されることになった。


人間からしたら本当は処刑するべきと考えるのだろうが、里の決まりで追放する事になり、そして私達エルフはそれに従うしか無かった。


それが、エルフの神が定めたルールだったからだ。


神に逆らうのは愚か者のすること。


誇り高き我らエルフは、必ず神に従うべし。


まあ、私は神様なんてそこまで信じてないけど。


そうして、父が追放されて、我が家は静かになった。


里の人達からは多少色々と複雑な対応をされることもあったが、あんなんでも父親なので私にされることは甘んじて受け入れていた。


ただ、妹であるセリアだけは私は守ろうと頑張った。


「お姉ちゃん、いつも迷惑かけてごめんね」


申し訳なさそうに謝るセリア。


でも、これは私なりの妹への罪滅ぼしでもあったし、苦ではなかった。


私よりも、母の血が濃い優しい子である妹。


私みたいに、父の汚れた血が濃くないこの子だけは守ろうと、嫌な感情なんて無視して妹と向き合っていた。


そうして、妹が160歳の歳を迎えるまで育った頃、それは起こってしまった。


用事を済ませて、私が家に帰ると嫌な魔力の流れを感じた。


妹の部屋の方からくるその魔力を辿って部屋に入ると、見知らぬはずのなのに、嫌悪感を感じる男とそして――ぐったりと息絶えた妹が横たわっていた。


「セリア!」


慌てて近づこうとするが、人型のゴーレムに邪魔をされる。


「邪魔!」


怒りに任せてゴーレムを破壊する私。


ゴーレムの核であろう心臓付近に放った一撃でゴーレムは風穴をあけて倒れ込む。


「ははは!ざまぁないな!」


それを見て男は大笑いをした。


何故自分の使い魔が壊れて笑うのか――それよりも、私はその男の声に思わず顔を歪めてしまう。


その声でその男が誰か分かってしまった。


「なんで……なんで、ここにいるの!?父さん!?」


そう、それは紛れもなく、私が最も嫌いな父親であった。


以前とは異なる、まるで魔族にでもなったかのような禍々しい魔力と、変貌した姿。


「それよりも、そのゴーレム。まさか壊すなんてな。それの中身はぐちゃぐちゃだぞ?」


ギッと、私が睨むと父は高笑いをしながらゴーレムを指さした。


そのゴーレムを見ると、徐々に走行が剥がれて中身が現れ初めていた。


――そう、胸に風穴が空いた妹の姿で。


「な……せ、セリア?だって、セリアはそこに……」


横たわっている最初に見つけたセリアの方を見る。


すると、そこにあったはずの妹の姿は消えていた。


それで、気づいてしまった。


(まさか――幻術!?)


怒りで分からなかったが、初歩的な幻術系の魔法でセリアの姿を写していたようだ。


そして、私が邪魔だと消そうとしたのがセリアであると。


「あ……あぁぁぁぁあ!!!!」


そこから先の記憶は曖昧であった。


妹を殺してしまったこと。


そして、その原因の一部である父。


気がつくと私は父をその手で殺していた。


妹の亡骸に泣きつく私を見つけた友人曰く、そこはまさに地獄であったらしい。


父を殺して、妹を失って、私には何も残っていなかった。


そんな虚ろな私に、その友人はある資料を見せてくれた。


それは、死者と話せるという魔道具の存在についてのレポートであった。


気休めでもと、それを知った私は、その日からエルフの里を飛び出して世界を回ることにした。


あるかどうかも分からないその魔道具を求めて、人間の世界とも関わりを持って探し続けた。


人間は、思ってたよりも面白い存在であった。


私達とそう変わらないし、嫌な人はいるけど、良い人もいた。


父の殺した子供達のことも頭を過ぎったが、私にはどうすることも出来なかった。


そうして、何年も何年も、気がつけばSランクと呼ばれる冒険者になっていた頃に、私はその地下遺跡の存在を知った。


これまでのものとは、少し違うそこは、スレインド王国のとある領地にあったのだが、冒険者ギルドでその領地について調べてみて面白いことがわかった。


なんでも、数年前からそこはスレインド王国の第3王子である、シリウス・スレインドが統治をしており、しかもその王子様がついこの前サンダータイガーを討伐したという。


ギルドマスターだけの秘密らしいが、それを知って許可を取るついでに、どんな人なのか見てみようと接触すると、件の王子様はなんとハーフエルフを連れて領地を回っていたのだ。


ハーフエルフは、私達エルフ側も、人間側もどちらからも好まれない存在であることは、長く生きて知っていた。


この国が数年前からそういった偏見が消えてきたのは把握していたが、堂々と領地をハーフエルフの女の子と2人で歩いて、しかも領民もそれを笑顔で見守ってるという初めてのことに私はかなり驚いていた。


話しかけてみると、その王子様はエルフ語まで話せるという有能さの片鱗を見せており、さらにその魔力量にも驚かされた。


エルフは人よりも魔力に敏感だ。


だからこそ、隠してるはずのなのにエルフに匹敵……いや、或いはそれ以上の底のしれないその存在に私は興味を持った。


色々あって、その王子様……シリウスと、遺跡を2人で攻略することになったが、シリウスは魔法の技術だけでなく、戦闘方面でもその才を発揮していた。


罠の発見も、私が知る限りにおいて最も優れていたし、索敵や感知の魔法も上手い。


たまに組む上級の冒険者の比較にならないそれは、まだ幼いのに英雄になりそうなほどの風格があるのに、本人は柔らかく温和であった。


(本当に面白い子)


それが、最初の感想であった。


知識も本当に8歳なのかと疑うほどに豊富で、子供というよりも、私達の同類なような気さえした。


そして、遺跡を進む途中で、私とシリウスはその部屋に入ってしまった。


精神攻撃系の罠で、侵入者に悪夢を見せるそれで、私は妹のセリアと父を殺す場面をまた見るはめになった。


この手の術の解呪は慣れてるが、それでもあの時の光景は夢に見るほどに私にとって最悪なものであった。


私より少しだけ遅く、しかし、圧倒的に普通より早く術を解いたシリウスも、若干苦い顔をしていたが、私はそんなシリウスに自分の罪を思わず零していた。


軽蔑されるかも――と、思ったが、シリウスは同情も嫌悪もせずに早く目的のものを探そうと励ましてくれた。


優しい人だと思った。


きっと、あのハーフエルフの女の子……ソルテは、こういう彼の優しさに惹かれたのだろう。


それからも、2人で遺跡を進むが、思えばこうして隣で戦える人は初めてかもしれないと思った。


エルフである私は、同じエルフからしても共闘よりも1人で戦う方が強いと思われている。


だからこそ、隣で支え合えるのが楽しかった。


そうして、ゴールが近づいてきた頃――その部屋で、私は恐怖を感じた。


魔獣、ケルベロス――3つの首をもつその魔獣は、単独で勝つのは難しいと思わされる程に圧倒的な圧を放っていた。


怖い――


でも、シリウスを守らないといけないと、そんな私をシリウスは微笑んで制した。


「ここで、スフィアが無理してあの世に行っても妹さんはいい顔はしないとは思うよ。それは分かってるとは思うけど」


幾度なく、考えた。


私が向こうに……あの世に行けば、セリアに会えるのではと。


でも、私は父と同じ所に行くことになるかもと、怖かったのだ。


それでも、やっぱりどこかで、早く死んで会いたいと思っていたのを見抜かれたようにシリウスは私をこの世に留めようとした。


その言葉に思わずくすりと笑ってしまう。


そんな私を守るように、シリウスは1人で魔獣に戦いを挑む。


無謀に見えたそれは――本当に一瞬でカタがついた。


見知らぬ新しい防御魔法の重ねがけと、その後の氷の攻撃。


魔獣を凍らせる魔法なんて、エルフの知識にはないものであった。


どこか幻想的な氷の空間をつくりながら、涼しい顔で私の元に戻ってくるシリウス。


圧倒的な年下の少年のその姿に私は不思議な胸の高鳴りを感じてしまった。


そんなことを誤魔化すように、その後シリウスが小型化したケルベロスを可愛がったが、やっぱり可愛いものは和む。


そして、最後の目的地へと着く。


そこにあった様々な財宝や魔道具の中で、その魔道具は水晶のような形をしていた。


それを起動させる。


――本当に会えるのだろうか?


そう思っていると、水晶から懐かしい妹の姿が目の前に現れた。


「……セリア」


思わず震える声で妹の名前を呼ぶ。


その声にセリアはいつものよりもどこか泣きそうな様子で聞いてきた。


『お姉ちゃん……なんだね』


セリアは近くを確認してすぐに納得したような表情を浮かべて言った。


『古代の魔道具か何かで、死んじゃった私を呼んだんだね』


相変わらず、私より優秀な妹だった。


でも、そんなことよりも私は――


「セリア、私……」

『待って、お姉ちゃん。お姉ちゃん、今私に謝ろうとしてるでしょ?』


その言葉に思わず口を噤んでしまう。


許されないのは分かってる。


でも、それでも私は……


『私が死んじゃったのは、お姉ちゃんのせいじゃないよ。だから、そんな顔しないで』


セリアはそう優しく微笑んだ。


その笑みで私はもうダメだった。


「……違う、わ、私の……私が、全部私のせい……」


情けなく、涙ぐむ私にセリアは手を伸ばして……触れることが叶わないと知ると、少し寂しそうにしてから、頬に触れるように手をそっと差し出す。


『私、いつもの笑ってるお姉ちゃんの顔が好きだよ。だから、笑って欲しいな』


その笑みも言葉も紛れもなく、妹のものであった。


ずっと我慢していたものが溢れるように私は子供みたいに泣いてしまった。


そんな私を優しく見守るセリア。


セリアは私たちの再会を黙って見守ってくれていたシリウスにも声をかける。


シリウスの様子を見て、セリアはくすりと笑って私に冗談めかして言った。


『男運ないお姉ちゃんにしては、珍しくまともそうで安心したよ。でも、お姉ちゃんショタコンだったんだね』

「……シリウスは、そういうのじゃないよ」

『えー、本当かなぁ』


そんな言葉から、私は色々とこれまでのことを話した。


会えなかった時間を埋めるために、そして、それをセリアは優しく聞いていてくれた。


――このまま時間が止まればいいのに


そんなことを思うが、時は無情だ。


セリアの姿が薄くなりはじめたのだ。


「セリア、それ……!」

『時間かなぁ……残念、お姉ちゃんともっと話してたかったなぁ』


残念そうにそう呟くセリア。


行かないで――私の側にいて――


そう言いそうになるけど、セリアの表情を見て言えなくなった。


「セリア、もう一度生き返る気はあったりする?」


もうお別れかと、そう思った時にその言葉をシリウスは口にした。


『生き返るって……そんな魔法ないよね?』

「シリウス、何か方法があるの……?」


思わず縋るようにそう聞くと、シリウスは優しく微笑んで言った。


「まあ、とは言っても、元の通りではないけどね。でも……少なくとも、スフィアが死ぬまでセリアと一緒に笑って過ごせることは保証するよ」


そんな事出来るわけない――


でも、それでも……


「お願い、シリウス……妹を……セリアを私と一緒に」


切なる願いをそう口にする。


それにシリウスは微笑んで頷いた。


「うん。セリアはどうかな?」

『……分かった。お姉ちゃんが信じてるようだし、私も信じるよ。よろしくね、シリウスくん』


そこからの光景は奇跡とさえ言えるものであった。


シリウスはどうやったのか、ホムンクルスにセリアの魂を定着させてセリアをこの世に再び蘇らせたようであった。


違和感のない、あの頃と変わらぬセリアのその姿。


「……私、本当に生き返ったんだ」


ゆっくりと身体を動かして嬉しそうにするセリアを見て、私はもう、我慢の限界だった。


「セリア!」


堪らずに抱きついてしまう。


姉としての体裁なんて気にせず、私は嬉しくて涙を流す。


そんな私を優しく抱きしめるセリア。


この日、私は――失ったものを僅かながら取り戻した。


そして、この日からシリウスのモノになろうと思ったのだった。


多分、優しいシリウスに惹かれていたのも事実だと思うけどね。





























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