閑話 フローラ・シスタシアの救い

生まれた時から、私は足が動きませんでした。


だから、ずっとベッドの上で過ごしていて、お母様はそんな私のことをずっと介護してくれていました。


でも、そんなお母様も頑張りすぎで亡くなってしまって……その日のうちに、迎えに来たお城の人達に連れられて私はお城に入りました。


どうやら、私のお父様は国王様だったみたいです。


ただ、最初は煙たがれてるようで、あまり人は来ませんでした。


侍女さんのアンネだけは、私に笑顔を向けてくれましたが……特に、お義母様達は私のことはあまり良く思って無かったみたいです。


「君かな?お父様の隠し子って」


そんな折に、私を訪ねてきたのが、第1王子のヘルメス様……私の義兄にあたる人でした。


お兄様は、私のことを煙たがらずに、むしろ色々な話をしてくれました。


でも、そんなお兄様もお父様が急死してから、国王となってあまり話せなくなりました。


そんな時に、私は体調の変化に気づいたのです。


最初は気のせいかと思いましたが……四六時中熱が引かずに、目眩と吐き気、咳や震えなどで、食事も全然食べられず、毎日苦しかったです。


教会の神官が来て、治癒魔法をかけても治らず、それが、『厄集めの呪い』と呼ばれる特異体質だと知ったのはそれからすぐのこと。


『気持ち悪い』、『呪われた子』、『役立たず』などとよく言われ、お義母様達は更に私を避けました。


でも、いつからか、そんなお義母様達は居なくなって、代わりにお兄様の子供達がお見舞いに来てくれるようになりました。


私は、朦朧とする意識でなんとか笑顔を保ちます。


優しい子供達に心配はかけたくありません。


そんなある日のこと、いつもの様にベッドの上で横になっていると、お兄様が珍しくお客様を連れてきたのです。


ブラウン髪の私と同じくらい年頃の可愛らしい少年……誰かと聞くとお兄様は答えてくれました。


「ああ、私の義弟で、ローザの弟のシリウスだ。フローラに会わせようと思ってね」


ローザ様は、お兄様の正妻のお方で、凄く明るくて優しいお方です。


なるほど、優しい顔立ちはそっくりかもしれません。


「そうでしたか、このような姿ですみません……けほけほっ!」

「お嬢様!」

「大丈夫……ありがとう、アンネ」


情けないですが、アンネ達にはこんな姿しか見せられません。


お客様も私の姿に引いてるかと思いましたが、シリウス様は徐に近づくと優しい光を出してくれました。


それは、治癒の光でした。


でも、それが効かないことは私は何度も試して知っていました。


「なるほど……『厄集めの呪い』ですか……」

「ああ」


驚いたことに、シリウス様はこの体質のことを知ってるようでした。


「神官の治癒も追いつかなくてな。幸い症状の進行は遅いが……」


そう長くはもたないだろう――そんな言葉をどこかで聞いた気がします。


私もそれは覚悟していました。


「それと、生まれながら足に後遺症もあってね……本当に何でこの娘だけにそんな厄が集まるのか」


お兄様がそう言って下さいますが、私のような欠陥品でも、誰かの病を引き受けてると考えれば少し救われる思いです。


しかし、そんな私にシリウス様は思わぬことを言いました。


「なるほど……足は無理そうですが、病気の方はなんかなるかもしれませんね」


神官にも無理だったのに治せるのでしょうか?


お兄様も信じられないような表情を浮かべます。


「……本当に?」

「ええ、ただ、俺の奥の手でして……それと、やり方に少々問題がありまして」

「構わない。秘密は守るし、治るならそれがベストだ」


苦しい意識の中で、そんなお兄様の言葉が聞こえてきます。


「……分かりました」


そう言うとシリウス様は私に近づいてきて、そっと――キスをしました。


突然のことに私は物凄くびっくりしました。


でも、その後のことで更に驚きます。


「これは……治癒なのか?でも、こんな神々しい光見たことが……」


辺りには、温かい緑色の光が溢れて、私とシリウスもその光に包まれます。


これまでの苦しさが嘘のように心地よい感覚と……シリウス様から流れ込んでくるものが、私を安心させます。


でも……それ以上に、シリウス様の優しい瞳と柔らかい唇の感触で私は胸が締め付けられました。


そうして、どのくらいの時間そうしていたか……そっと、離れるシリウス様を残念に思っていると、アンネが声をかけてきました。


「ふ、フローラ様?お加減は……」

「ふぇ……?あ、あれ?苦しくない……」


まるで、この体質が発症する前のように元気になっていました。


とはいえ、足はやっぱりダメそうでしたが……それでも、こんな事が出来るなんてシリウス様は一体……


「厄集めの呪いの体質が、消えた訳じゃないので、その……定期的に治療が必要ですが、ひとまず苦しむことはないと思います」


定期的に……つまり、あれを何度も……


思わず唇に触れてから、恥ずかしくなってしまいます。


「驚いたよ……シリウス、君は本当に凄いね」

「いえ……それより、フローラ様には悪いことをしました」


そう、申し訳なさそうに言うシリウス様。


助けてくれたのにそんな顔をさせてるのが少し申し訳なかったですが、私はなんとか冷静を保って言いました。


「いいえ、助けて下さってありがとうございます」


そう言うと、少しホッとしたようなシリウス様。


「しかし、渋ってた意味が少し分かったな。これだけのことをするのに必要なのがキスなら、確かに躊躇うのも分かる」

「すみません……」

「いや、シリウスには感謝しかないよ。ありがとう」


本当にその通りです。


私ももう一度シリウス様にお礼を言いました。


すると、お兄様は少し考えてからシリウスに尋ねました。


「それでだ……定期的に先程の治癒が必要なんだよね?」

「ええ、まあ……」

「ふむ……」


チラッと私とシリウス様を見てから、お兄様は頷くと言いました。


「よし、ならシリウス。フローラを娶ってやってくれないか?」

「お、お兄様?」


突然のことに驚きます。


貴族や王族なら、政略結婚は有り得ること。


でも、私みたいな欠陥品がそんな大役をするなんて思っても見なかったのです。


「俺がですか?」

「まあ、傷物にした責任を……ってね」


驚くシリウス様にそんなことを言うお兄様。


傷物って……むしろ、私はあの時にシリウス様の物になりたいと……いえいえ、何を考えてるのでしょうか。


内心で首を振っていると、お兄様は微笑んで言いました。


「冗談だよ。でも、これからもフローラが生きるにはシリウスの力が必要だし、形だけでもどうかな?無理強いはしたくないが……」


お兄様の提案は嬉しい。


でも、私は……シリウス様の重荷にはなりたくないです……


「ダメですよ、お兄様。私みたいな欠陥品を……足だって動きませんし……シリウスに迷惑をかけます」

「どうなのシリウス?」


すると、シリウス様は少し考えてから頷いて言いました。


「うーん、フローラ様が嫌じゃ無ければいいですよ」


予想外の答えに驚きます。


嫌なわけありません。


むしろ……


「私はむしろ……いえ、でも、宜しいのですか?」

「うん、ただ、正妻のフィリアの序列を崩したくないからそこだけがねぇ……」

「ああ、それなら心配ない。この娘の母親は庶民で、序列は多少低くても問題ないし、私としても可愛い義弟に任せられればそれが1番だしね」

「……じゃあ、後はご本人の気持ちってことで」


そう聞かれて、私は思わず聞いてしまいました。


「あの……私、こうして誰かに頼らないと生きられない上に、足も動かない欠陥品ですが……宜しいのでしょうか?私なんかで……」


欠陥品のお荷物、子供だって作れるか分からない。


そんな私の言葉にシリウス様は微笑みました。


「うーん、そんなに自分を下げなくてもいいんじゃないかと」

「え……?」

「フローラ様、可愛いし、話してて優しい人だって分かるから、俺はそれで十分かなって」


そんなこと初めて言われました。


いつだって、迷惑でしかないと、実際そう言われてきました。


しかも、シリウス様は本気でそれを仰ってるようで……私は少しだけ呆然としてからくすりと笑ってしまいました。


「シリウス様は、変なお方ですね」

「そう?」

「あの……私のこと、呼び捨てにしてくれませんか?」


そんな私の願いにシリウス様はすぐに答えてくれます。


「……分かったよ、フローラ」

「では、シリウス様……ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」


不安は勿論ある。


私なんかでいいのかって……


でも、シリウス様が望んでくれるなら、その間だけでも側に居たいと……そう思って、少しだけワガママな言葉を使ってしまいました。


それが、私とシリウス様の出会いで……私を救ってくれた人との大切な想い出の一つとなったのは言うまでもありません。





















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