閑話 フィリア・アスタルテの初恋

フィリア・アスタルテ、それが私の名前です。


アスタルテ伯爵家の長女として生まれた私は、両親や弟妹にも恵まれて幸せな家庭に生まれました。


……ただ、生まれつき人とは明らかに違う容姿に生まれたことから、お友達が出来たことはありません。


王国には居ない銀髪と両方の目の色がオレンジとブルーという異なる色を持つことで、同年代の子は皆、私を気味悪がりました。


亡くなったお祖母様は、私と同じ髪色で、瞳はお祖父様と同じだと、お母様は話してましたが、お茶会に出ても、外を少し歩くだけでも奇異の視線を向けられる。


きっと、私が幸せな家族を持ったからだろうと、諦めていました。


――これは、代償なのだろうと。


でも、そんな私にも憧れてることがありました。


それは、私と同じ年頃の、この国の第3王子である、シリウス・スレインド様とお話することです。


シリウス様は、私と同じ歳なのに、素敵な絵本を作ったり、面白い遊具を作ったりと、凄く多彩で、何より前に遠くから見た時に、私は凄く惹かれてしまっていました。


シリウス様のことは、少ししか知らないのに、考えると胸がドキドキして怖くなります。


お母様に言ったら、『きっと、恋ね』と言われました。


……王子様に恋なんて、不敬かと思いましたが、その気持ちが変わることはありませんでした。


だから、せめて、この想いが報われなくても、殿下の――シリウス様の誕生日をお祝いしたいと、思い切ってお城で行われるシリウス様の5歳の誕生日パーティーに出席したのですが……私は、両親とはぐれてしまいました。


おまけに、前に私のことを気味悪がっていた貴族の子供達に連れてかれて、人気の少ない場所で色々言われました。


我慢できなくて、つい気持ちを告げると彼らは尚怒ってしまいました。


すると、そんな時でした。


私と彼らの間に割って入るように空から、ブラウンの髪の王子様が現れたのです。


それは、紛れもなく、シリウス殿下でした。


「で、殿下!何故このような場所に……!?」


私を囲んでいた彼らが慌てたようにそんなことを言うと、シリウス様は、


「なに、散歩をしていたら、やけに愉快な囀りが聞こえてきてな」


と言って、彼らを睨むと追い払ってしまいました。


私が突然のことに驚いていると、シリウス様はこちらを向いてから、笑みを浮かべてくれました。


「さっきの、本心で言ってくれてたんだね」

「え……?」

「俺の誕生日……祝いたくて頑張ってた来てくれたんだね」

「ど、どうして……」

「それは内緒」


まるで、全て知ってるような……そんな言葉と笑顔にドキッとしていると、シリウス様は微笑んでまたしても驚くべきことを言いました。


「綺麗な髪だね……触ってもいいかな?」

「え……?」


私のこの髪をシリウス様が……?


今まで、皆が気味悪がってきたそれを、綺麗だと言ってくれるシリウス様。


だからこそ、思わず聞いてしまいました。


「……気味悪く……ないのですか……?」

「君の外見ということかな?」

「こんな他の人と違う……髪は吸血鬼みたいで……目だって変だし……化け物みたいって、皆……」


思わず涙をうかべてしまいました。


そんな私の髪をシリウス様はそっと――まるで、宝石でも触れるように優しく手にすると、蕩けるような笑みを浮かべました。


「とっても綺麗だよ。雪のように輝く白銀の髪も、その星空みたいな綺麗な瞳も……まるで白銀の天使様かと思うほどに」

「――――!?うぅ……」


初めてでした。


家族も、変わってる髪や瞳のことを受け入れてはくれてても、綺麗だなんて言ってくれたことはありませんでした。


しかも、シリウス様は本心のようにそう口にしてくれたのです。


こんな変な髪を雪のようだと、こんなおかしな瞳を星空みたいだと、そう微笑んでくれたのです。


「名前を聞いてもいいかな?」

「……フィリア……です……フィリア・アスタルテ……」

「フィリアか……いい名前だね。俺はシリウス。よろしくね、フィリア」

「……はい」


優しいシリウス殿下はそうして、私が泣き止むまで待っててくれて、その後はなんとお話をすることが出来ました。


シリウス様との話は凄く楽しくて、時間を忘れてしまう程でした。


優しく話を聞いてくれて、笑みを向けてくれるシリウス様。


これが、きっとお母様の言ってた『恋』なんだろうと、思ってしまいました。


不敬かもしれませんが、叶わない願いです。


だから今だけ――


「殿下!こんな所に居たんですか!」


シリウス様の侍女さんでしょうか?


お別れの時間だというのだけはハッキリと分かりました。


これが終わったら、会うこともなくなるかもしれない……それくらい、シリウス様は私の遥上にいると分かってました。


なのに……


「フィリアはさ……婚約者とか、好きな人っている?」


そんなことを聞いてくるシリウス様。


気づかれたのかと思ってドキリとしつつも、私は小声で答えます。


「え? えっと……い、いません……けど……」


想ってはいけないと――そう思っていたのです。


「そっか、なら……」


ところが、シリウス様はそんな私の前に跪くと優しく私の手を取って言いました。


「フィリア嬢、私と婚約して頂けませんか?」

「……ふぇ?」


突然のことに変な声が出てしまいました。


……だって、想い人がこんなことを言うなんてないと思っていましたので。


そんな私にシリウス様は笑みを浮かべて本心のように告げます。


「出会ったばかりで急かもしれないけど……一目惚れしたんだ。フィリアと一緒にこの先の人生を歩みたいと思ったんだ。だから……もし、フィリアが嫌じゃなければ、俺と一緒に生きてくれないかな?」


隣に居てもいいのか――


私なんかが、本当にいいのだろうか――


色々と混乱する中で、私は思わず聞いてしまいました。


「いいのですか……?こんな私で……私が、殿下のお側にいても……いいんですか……?」


そんな私の言葉にシリウス様は一言、


「側に居て欲しい」


そう言って下さいました。


だから、私も――この夢のようなこの誘いに「はい」と返事をさせて頂きました。







「戻ってきたか……って、シリウス?」


シリウス様と手を繋いで会場に戻ると、周囲はざわめきます。


シリウス様が、婚約者でもエスコートするように私を連れてきたからでしょう。


国王陛下も驚いてましたが――何か言われるかもしれないと思っていると、陛下は微笑んでシリウス様に言いました。


「なんだ、抜け出したかと思ったら、ご令嬢を持ち帰ってきたのか」

「父様、私の婚約者になったフィリアです」

「フィ、フィリア・アスタルテです……」


緊張で噛みそうになるけど、シリウス様の手の温もりでなんとか挨拶できました。


「アスタルテ伯爵家のご令嬢か。お、噂をすれば本人だな」


陛下の視線の先には、お父様とお母様がいました。


「フィリア、これは一体……」

「あの、お父様。実は……」

「失礼、アスタルテ伯爵。先程、私が彼女……フィリアに婚約を申し出まして、それを受けて頂きました。正式な婚約は後日になると思いますが……どうか認めて頂きたく」


私の代わりに、シリウス様が全て説明して下さいました。


困惑するお父様と喜ぶお母様ですが、私はさっきのことが夢でなくて嬉しくなってしまいました。


「殿下、本当に娘でよろしいのでしょうか?」


――と、そんなお父様の言葉で少し現実に戻ります。


本当に良かったのか……そんな疑問は直ぐに吹き飛ばされました。


「ええ、恥ずかしながら、一目惚れしまして……話してて、更に好感が持てて、フィリアとなら上手くやっていけると確信しました」


シリウス様も私と一緒だった――その事実が嬉しくて、堪らなくて顔に出てしまいます。


そんな私を微笑ましそうに見つめてから、シリウス様は陛下に仰いました。


「という訳です、父様――いえ、国王陛下、この婚約お許し頂けますか?」

「許可しよう」

「よろしいのですか、陛下?」


驚くお父様に陛下は頷くと答えます。


「ああ、アスタルテ伯爵の人となりは存じてる。その娘なら安心して息子を任せられる……フィリア嬢。息子のことを頼めるだろうか?」


その陛下のお言葉に私は心の底から誓いを立てます。


「はい……ずっと、殿下と共にいると誓います」

「だそうだ、アスタルテ伯爵」

「……分かりました。殿下、娘をよろしくお願いいたします」


そうして、私とシリウス様の婚約が公式に決まるのでした。






「フィリア、良かったわね」


帰りの馬車で、色々と聞いてくるお父様に対して、お母様はその一言を言ってくださいました。


「はい……ありがとうございます、お母様」


きっと、これから色々あると思うけど……シリウス様とならきっと上手くいくと、私はそんな風に感じていました。


そして、それが事実なのに気づくのはそう遠いことではなかったのです。



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