もしかして……。 ①

 ――純也さんとの恋が実った夜。愛美は自分の部屋で、スマホのSNSアプリでさやかにその嬉しい報告をしていた。


『さやかちゃん、わたし今日、純也さんに告白したの!

そしたら純也さんからも告白されてね、お付き合いすることになったの~~!!!(≧▽≦)』


「……なにコレ。めっちゃノロケてるよ、わたし」


 打ち込んだメッセージを見て、自分で呆れて笑ってしまう。


『っていうか、純也さんはもうわたしと付き合ってるつもりだったって! 

さやかちゃんの言ってた通りだったよ( ゚Д゚)』


 愛美は続けてこう送信した。二通とも、メッセージにはすぐに既読がついた。


 ――あの後、千藤家への帰り道に、純也さんが自身の想いを愛美に打ち明けてくれた。


****


『実はね、僕も迷ってたんだ。君に想いを伝えていいものかどうか』


『……えっ? どうしてですか?』


 愛美がその意味を訊ねると、純也さんは苦笑いしながら答えてくれた。


『さっき愛美ちゃんも言った通り、君とは十三歳も年が離れてるし、周りから「ロリコンだ」って思われるのも困るしね。まあ、珠莉の友達だからっていうのもあるけど。――あと、僕としてはもう、君とは付き合ってるつもりでいたし』 


『えぇっ!? いつから!?』


 最後の爆弾発言に、愛美はギョッとした。


『表参道で、連絡先を交換した時から……かな。君は気づいてなかったみたいだけど』


『…………はい。気づかなくてゴメンなさい』


 さやかに言われた通りだった。あれはやっぱり、「付き合ってほしい」という意思表示だったのだ!


『君が謝る必要はないよ。初恋だったんだろ? 気づかないのもムリないから。こんな回りくどい方法を取った僕が悪いんだ。もっとはっきり、自分の気持ちを伝えるべきだったんだよね』


『純也さん……』


『でも、愛美ちゃんの方がいさぎよかったな。自分の気持ちをストレートにぶつけてくれたから』


『そんなこと……。ただ、他に伝え方が分かんなかっただけで』


『いやいや! だからね、僕も腹をくくったんだ。年齢差とか、姪の友達だとかそんなことはもう取っ払って、自分の気持ちに素直になろうって。なまじ恋愛経験が多いと、余計なことばっかり考えちゃうんだよね。だからもう、初めて恋した時の自分に戻ろうって』


 純也さんだってきっと、自分から女性を好きになったことはあるんだろう。それが身を結ばなかったとしても、好きになった時のトキメキはずっと忘れないはず。


『愛美ちゃん、ありがとう。僕の想いを受け止めてくれて。君は、僕がこれまで出会った中で、最高の女の子だよ。君とだったら、純粋に一人の男として恋愛を楽しめる気がするよ』


『はい。わたし、これだけは断言できますから。純也さんの家柄とか財産とか、わたしはまったく興味ないです。わたしが好きになったのは、純也さんご自身ですから!』


 愛美は胸を張って言いきった。

 お金なんて、生活していくのに必要な分さえあればそれで十分。彼は「人並みの生活」ができるように努力している人だ。たとえ将来お金持ちじゃなくなってしまったとしても、彼ならきっとたくましく生きていけるだろう。


 そんな彼女に、純也さんはもう一度「ありがとう」と言った――。


****


 そんなやり取りを思い出しながら、愛美は幸せを噛みしめていた。

 すると、さやかからメッセージの返信が。


『やったね! 愛美、おめ~~☆\(^o^)/ 

っていうかノロケ? コレ聞かされたあたしはどうしたらいいワケ??(笑)』 


「さやかちゃん……、ゴメン!」


 文面からは、さやかが喜んでいるのか(これは間違いないと思うけれど)怒っているのか、はたまた困っているのか読み取れない。

 でも夏休み返上で寮に残って部活に励んでいる彼女には、ちょっと面白くなかったかも……と思ったり思わなかったり。


「あとで電話した方がいいかも」


 こういう時は文字だけのメッセージよりも、電話で生の反応を聞いた方が分かりやすい。


「――そういえば純也さん、まだ起きてるのかな」


 愛美はスマホで時刻を確認してみた。九時――、まだ寝るのには早い時間だ。

 帰ったら小説を読ませてほしい、と純也さんは言っていた。もしかしたら、起きて待っていてくれているかもしれない。

 辛口の批評はできれば聞きたくないけれど、「彼に自分の原稿を読んでもらえるんだ」という嬉しい気持ちもまぁなくもない。ので。


「緊張するけど、約束だし。早い方がいいもんね」


 愛美は書き上がっている四作分の短編小説の原稿を持って、リラックスウェアのまま部屋を出た。そして、純也さんのいる隣りの部屋のドアをノックする。


「はい?」


「あ……、愛美です。今おジャマして大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ。入っておいで」


 純也さんの許可が出たので、愛美は「おジャマしまーす」と言いながら室内へ。

 彼はノートパソコンを開いて、何やら険しい表情をしていたけれど、愛美の顔を見ると笑顔になってパソコンを閉じた。


「ゴメンなさい。お仕事中でした?」


「いや、今終わったところだよ。急ぎの件があったから、メールで指示を出してたんだ。――ところで、どうしたの?」


「小説を読んでもらおうと思って。約束だったから」


 愛美は大事に抱えていた原稿を、彼に見えるようにかかげて見せた。原稿はひとつの作品ごとにダブルクリップで綴じてあって、一枚ずつ通し番号も振ってある。


「ああ、そうだったね。……ところでさ、女の子がこんな夜に、男の部屋に来るってことがどういう意味か分かってる? しかも、そんな防備ぼうびな格好で」


「…………えっ?」


 純也さんは明らかに面白がっている。愛美が顔を真っ赤にして固まったので、途端に大笑いした。


「……なんてね、冗談だよ。からかってゴメン! そうやってあたふたする愛美ちゃんが可愛いから、つい」


「~~~~~~~~っ! もうっ!」


 愛美はからかわれたと知って、あたふたした自分が恥ずかしくなった。この「もう!」は純也さんにではなく、自分自身に対してである。


「とにかく座りなよ。っていっても、ベッドしか座る場所ないけど」


「え…………」


 まだ警戒心が解けない愛美は、座るのをためらったけれど。


「大丈夫だって。僕は紳士だから。何もしないから安心して」


「……はい」


 愛美は「ホントかなぁ?」といぶかりつつ、シンプルなベッドに腰を下ろした。実はけっこう根に持つタイプなのだ。


「――じゃあ、原稿読ませて」


「はい」


 純也さんが手の平を見せたので、愛美は原稿を全部彼に手渡した。


「ありがとう。どれどれ……」


 原稿に目を通し始めた彼を、愛美は固唾かたずをのんで見守る。

 もし全滅だったら……と思うと、何だかソワソワして落ち着かない。


「……あの。下のキッチンでカフェオレでも淹れてきましょうか?」


 読んでもらっている相手に気を利かせて、というよりは、この緊張感から少しの間でも離れていたくて、愛美は提案した。


「ありがとう。そうだな……、全部読み終わるまでには時間かかりそうだし。愛美ちゃんもここにいたって落ち着かないよね」


 そんな愛美の心境を察して、純也さんは「じゃあ頼むよ」とその提案に乗ってくれた。


 ――十分後。愛美は二人分のマグカップとクッキーのお皿が載ったお盆を手にして、純也さんの部屋に戻ってきた。


「カフェオレ淹れてきました。どうぞ」


 愛美の声に気づき、純也さんは原稿から顔を上げた。


「ありがとう、愛美ちゃん。ちょっと待って」


 彼はアウトドア用品の詰め込まれたスーツケースから、折り畳み式の小さなテーブルを出して室内に設置してくれた。


「お盆はここに置きなよ」


 愛美がそこにお盆を置くのを見ながら、彼は何やら考え込んでいる。


「うーん……、この部屋にはテーブルも必要だな」


「そうですよね……」


 愛美も頷く。たまたま純也さんがアウトドア用のテーブルを持ち込んでいたからよかったものの、やっぱりテーブルはないと不便だ。


「よし。東京に帰ったら、家具屋で小さなテーブルを買ってこっちに送るとしよう」


 けっこう真剣に純也さんが言うので、愛美は吹き出した。


 愛美はしばらくカーペットの上に座り、クッキーをつまみながらカフェオレをすすって、原稿を読む純也さんの姿を見ていたけれど。何となく手持ち無沙汰になってしまった。

 スマホは自分の部屋に置いてきたし……。


「――ねえ純也さん。まだかかりますよね?」


「うん、多分ね。どうして?」


 原稿から目を離さず、純也さんが答える。


「ちょっと、さやかちゃんに電話してこようかと思って。――いいですか?」


「いいよ。行っておいで」」


「じゃあ……、ちょっと失礼して。そんなに長くはかからないと思います」


 愛美は自分の部屋に戻ると、スマホでさやかに電話をかけた。


『ああ、愛美。メッセージ見たよ』


「うん、知ってる、ちゃんと返信来てたし。――今大丈夫? もうすぐ消灯でしょ?」


『大丈夫だよ。長電話しなきゃね』


 それなら大丈夫だと、愛美は返事をした。そんなに長々とするような話でもないし。


「あのね、さやかちゃん。……もしかして、怒ってる?」


『はぁ? 別に怒ってないよ。なんで?』


「なんか、さっきもらった返事が……。なんていうか、『リア充爆発しろ!』的な感じだったから。ちょっと違うかもしんないけど」


 愛美がそう言うと、さやかはギャハハと笑い出した。


『違うよー。あたし、マジで嬉しかったんだから。愛美の初恋が実って、親友としてめっちゃ嬉しかったんだよ。それはアンタの考えすぎ』


「ああ、なんだ。よかったぁ。でも、やっぱりさやかちゃんの言う通りだったね」


『純也さんがもう告ったも同然だってハナシ? だって、見りゃ分かるもん。純也さん、愛美にゾッコンだったじゃん。……あれ? アンタは気づかなかったの?』


「……うん、あんまり。そうじゃないかって薄々思ったことはあるけど、私の思い過ごしだと思ってたから」


 全然、といったらウソになる。でも、自分に限って……と考えないようにしていたというのが本当のところで。


『おいおい、アンタどんだけ自分に自信ないのよ。誰が見たって純也さんの態度は、好き好きオーラ出まくってたって』


「…………う~~」


『んで? 両想いになってどうした? もうキスとかしちゃってたり?』


「まだしてないよ! さやかちゃん、面白がってない?」


 〝まだ〟は余計だったかな……と思いつつ、愛美はさやかに噛みついた。……まあ、純也さんはいきなりがっついてくるような人じゃないと思うけれど。


『うん、ぶっちゃけ。だって面白いもん、アンタがうろたえてるとこ。――っていうか、純也さんは今一緒じゃないの? こんな話してて大丈夫?』


「大丈夫。純也さんには今、隣りのお部屋で私の小説読んでもらってるから。わたし今、自分の部屋で電話してるの」


『そっかぁ。じゃあ今ドキドキだね』


「うん……。彼からどれだけ辛口評価が下されるのか、もう心配で」


 最悪の場合、四作全滅の可能性もあるのだ。そしたらきっと立ち直れないだろう。


『まあ、そんなに心配しないでさ。胃に穴空くよ。……じゃあ、ぼちぼち切るわ。消灯迫ってるから』


 愛美はスマホ画面の隅っこに表示されている小さな時刻表示を見た。間もなく九時五十分になるところである。


「あー、もうそんな時間か。ありがとね、話聞いてくれて。じゃあ、また電話するよ。おやすみ」


『うん、おやすみ』


 ――電話を切ると、愛美は純也さんの部屋と接する壁を見つめた。


「純也さん、そろそろ読み終わった頃かな」


 もう一度彼の部屋を訪ねてみると、ちょうど彼は最後の原稿を机の上に置いたところだった。


「愛美ちゃん、ちょうどよかった。今、全部読み終わったところだよ」


「そうですか。……で、どうでした?」 


「うん……、そうだな……」


 そう言うなり、腕組みをして長~い溜めを作った純也さんに、愛美はものすごくイヤな予感がした。


「もしかして、全滅……?」


「……いや。確かに、この中の三作はちょっと、箸にも棒にもかからないと思った」


「はあ」


 彼の評価は思っていた以上に辛口で、愛美は絶望的な気持ちになった。

 四作中三作がボツをくらったら、ほとんど全滅のようなものである。……けれど。


「でも、この一作はなかなかいいんじゃないかな。応募したら、けっこういいところまで残ると思うよ」


 純也さんは表情を和らげながら、愛美に原稿を返した。


「えっ、ホントですか!? コレ、一番最後に書き上げたんです」


 純也さんが唯一褒めてくれた作品は、昨日書き上げたばかりのノンフィクション作品。愛美が実際に、今の学校生活で経験したことをもとにして書いたものだった。


「ああ、やっぱり。短編っていうのはね、数を多く書くことで内容もよくなっていくんだって。愛美ちゃんのもそうなんだろうね。全部の原稿を読ませてもらってそう気づいたよ」


「純也さん、ありがとう! わたしもこれで自信がつきました。この一作で勝負してみます!」


 これだけ手厳しい彼に褒められたんだから、きっといい結果が出ると思う。


「うん、頑張って! ――あ、手書きで大丈夫? 清書したいなら、僕のパソコン使っていいよ」


「ありがとう。でもいいです。わたしは手書きのまま勝負したいから」


 純也さんの厚意を、愛美は丁重に断った。


「それ、純也さんのお仕事用のパソコンじゃないですか。わたしが使わせてもらうのは、なんか申し訳なくて。だから遠慮します」


「そっか。――ところで愛美ちゃん、僕に何か相談したいことがあるって言ってたね。今ここで聞かせてもらっていいかな?」


「はい」


 愛美は原稿を傍らに置き、冷めたカフェオレを一口で飲み干すと、純也さんに話し始めた。


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