第89話 スキー旅行(三日目)・夕陽の中で

【二巻発売・一巻重版第5刷記念】

この話は、カクヨム版の続きとなります。

書籍版とは違う展開ですので、予めご了承ください。

(書籍版のパラレルワールドだと思って下さい)

※キャラの性格が異なるのは媒体の違いと言う事でご容赦を。

*******************************************


一時間近く経っただろうか。

もし夜になっても、誰も助けに来てくれなかったら……


「今夜は、このままここで過ごす事になりそうだね」


俺の考えを読んだように、燈子さんがそう言った。


「俺が探しに行くコースは、予め一美さんに伝えてあるんで、そうはならないはずなんですが……」


そう言いつつ、俺も不安になっていた。


……こんな事ならチョコでも持っておくんだった……


俺は子供の頃に家族でスキーに行った時、父親から必ずチョコレートを一枚持たされていた。

「もし何かあったら、チョコは高カロリー食なので一晩くらいは耐えられる」という事らしい。

だが大学生になって、すっかりそんな事は忘れていたのだ。


「スマホも通じないみたいだしね」


燈子さんがスマホを取り出してみた。

俺もそれは何度か確認してみた。

相変わらず圏外だ。


「天候が変われば、電波も届くかもしれませんが」


「このまま夜になったら、さらに冷え込むよね」


そう言った燈子さんに、俺はさっきから考えていたある方法を口にした。


「もし寒気が強まるようなら言って下さい。完全に冷える前に火起こしを試してみます」


「どうやって?」


燈子さんが不思議そうに聞いた。


「スマホを分解します。スマホのリチウムイオン電池の電圧は5V。そこに細い針金か銀紙を直接通電すれば、新聞紙程度なら燃えるはずです」


俺はそう答えた。

さっきから考えていた方法だ。普通の乾電池は1.5V程度しかないが、それでも銀紙などに直接通電すれば火を起こす事が出来る。スマホのリチウムイオン電池なら出来るはずだ。

問題はその電池が弱ってしまう事なのだが……。


「そこまでしなくていいよ。だってスマホが無かったら、電波が通じるようになっても助けを呼べないでしょ」


「でも俺よりも長く寒さに晒されていた燈子さんは、耐えられないかもしれないじゃないですか」


「私なら大丈夫、それに……」


燈子さんはそっと俺に体重を預けた。


「このまま、君に抱かれて終わるっていうのも、けっこう幸せかな~って思って」


「な、なに言ってんですか、燈子さん!」


俺は慌てた。


「燈子さんが一人だけ死ぬなんて、そんな縁起でもないこと!俺は絶対に嫌です!」


「じゃあ君も一緒に行っちゃう?」


「その時はそうします!」


「それもいいかもね。二人だけで……春まで誰にも見つからないで……ううん、このまま永遠に二人になれたら……」


そう言って燈子さんは大きく首を捻じ曲げて、俺に唇を重ねてきた。

燈子さんの柔らかい唇が、俺に何かを感じさせる。

俺もそれに答えるように、強く彼女の身体を抱きしめた。

強く抱きしめると、彼女の身体は俺に合わせるかのように柔らかくしなった。

俺も、そして彼女の身体も熱を帯びたと思った時……


ダン、ダン、ダン、ダンッ!


激しく小屋の扉が打ち鳴らされた。

思わず頭にあった新聞紙を払いのけたのと、小屋の扉が開かれたのは同時だった。


「お姉、一色さん!」


そう言って飛び込んで来たのは炎佳だ。

彼女は俺たちの姿を見つけると、そのまま燈子さんに飛びついた。


「お姉!無事で良かった!ごめんなさい!ごめんなさい!」


炎佳は燈子さんに抱き着いたまま、そう泣き続けた。

一瞬焦ったような顔をした燈子さんだが、そんな炎佳に優しく言う。


「もういいのよ、炎佳。アナタの所為じゃない事は解っているから」


そう言って燈子さんは優しく炎佳の頭を撫でる。

やがて燈子さんは俺を振り返ると、まるで何事も無かったように平然と言った。


「どうやら助けが来たみたいね。行きましょう、優くん」



外に出ると、まだ風は強いがすっかり雪は止んでいた。

実は二十分ほど前から雪は止んでいたそうだ。

(暗い小屋の中で、さらに新聞紙をすっぽり被っていた俺たちには解らなかったのだ。)

そこで俺が向かった林間コースを中心に、全員で探しに来たと言う。

外には明華ちゃんが居た。


「良かった。二人とも無事だったんですね」


彼女もホッとしたような顔をする。


「ごめん、明華ちゃんたちにまで迷惑を掛けちゃうなんて」


……臨時参加のJKに助けられるなんて、大学生として失格だな……


俺はそう思いながら、燈子さんに手を貸して元のコースに戻った。

林間コースまで戻ると、スマホも通じる。

そこで俺は電話をし、ゲレンデ・パトロールにスノーモービルで迎えに来てくれるように依頼した。

俺が電話し終わった時だ。


「アレを見て!」


炎佳が叫んだ。

思わず彼女が指さしたその方向を見ると……


西の空の一部で、雲が切れている。

ちょうどその切れ間から、山に沈もうとしている太陽が覗いていた。

そのオレンジ色の夕陽が、いくつもの筋のようになって俺たちを照らしている。

そして俺たちの周囲には……みぞれで凍った樹々の枝が、まるでオレンジ色の電飾のように輝いていた。

俺と燈子先輩、そして炎佳と明華ちゃん。

この四人の周りをオレンジの光が、幻想のように取り囲んでいる。

俺たちはしばらく、その美しい光の芸術に見惚れていた。


「……ジンクス」


炎佳がボソッと口にする。


「林間コースで夕陽に輝く霧氷を見ると……」


俺はそれを聞いてハッとした。


……え、でもおれたち、いま四人いるし。重婚は犯罪だし……


すると燈子先輩が炎佳と明華ちゃんを向き直った。


「二人とも、今日は本当にありがとう。それからごめんなさい。二人には迷惑を掛けたわね」


「いえ、そんな」と明華ちゃん。


「そんなつもりじゃ」と炎佳。


「だけど私も今回の件で一つ解った事があるの。それは私も見栄を張り過ぎて、イイカッコウしようとして、自分の本心を誤魔化して来たって」


炎佳と明華ちゃん、そして俺もポカンとして燈子さんを見つめる。

燈子さんは何を言おうとしているんだろう。


「これからは私も遠慮しない。我慢もしない。だから二人が優くんに近づこうとしたら、全力で阻止するから!」


燈子さんがハッキリと、そして強い調子でそう言いきった。

炎佳と明華ちゃんが互いに顔を見合わせる。

そして遠くからスノーモービルの音が近づいて来た。


********************************************************

今日もう一話で完結です。

この続き「エピローグ」は本日正午過ぎに投稿予定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る