第89話 スキー旅行(三日目)・夕陽の中で
【二巻発売・一巻重版第5刷記念】
この話は、カクヨム版の続きとなります。
書籍版とは違う展開ですので、予めご了承ください。
(書籍版のパラレルワールドだと思って下さい)
※キャラの性格が異なるのは媒体の違いと言う事でご容赦を。
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一時間近く経っただろうか。
もし夜になっても、誰も助けに来てくれなかったら……
「今夜は、このままここで過ごす事になりそうだね」
俺の考えを読んだように、燈子さんがそう言った。
「俺が探しに行くコースは、予め一美さんに伝えてあるんで、そうはならないはずなんですが……」
そう言いつつ、俺も不安になっていた。
……こんな事ならチョコでも持っておくんだった……
俺は子供の頃に家族でスキーに行った時、父親から必ずチョコレートを一枚持たされていた。
「もし何かあったら、チョコは高カロリー食なので一晩くらいは耐えられる」という事らしい。
だが大学生になって、すっかりそんな事は忘れていたのだ。
「スマホも通じないみたいだしね」
燈子さんがスマホを取り出してみた。
俺もそれは何度か確認してみた。
相変わらず圏外だ。
「天候が変われば、電波も届くかもしれませんが」
「このまま夜になったら、さらに冷え込むよね」
そう言った燈子さんに、俺はさっきから考えていたある方法を口にした。
「もし寒気が強まるようなら言って下さい。完全に冷える前に火起こしを試してみます」
「どうやって?」
燈子さんが不思議そうに聞いた。
「スマホを分解します。スマホのリチウムイオン電池の電圧は5V。そこに細い針金か銀紙を直接通電すれば、新聞紙程度なら燃えるはずです」
俺はそう答えた。
さっきから考えていた方法だ。普通の乾電池は1.5V程度しかないが、それでも銀紙などに直接通電すれば火を起こす事が出来る。スマホのリチウムイオン電池なら出来るはずだ。
問題はその電池が弱ってしまう事なのだが……。
「そこまでしなくていいよ。だってスマホが無かったら、電波が通じるようになっても助けを呼べないでしょ」
「でも俺よりも長く寒さに晒されていた燈子さんは、耐えられないかもしれないじゃないですか」
「私なら大丈夫、それに……」
燈子さんはそっと俺に体重を預けた。
「このまま、君に抱かれて終わるっていうのも、けっこう幸せかな~って思って」
「な、なに言ってんですか、燈子さん!」
俺は慌てた。
「燈子さんが一人だけ死ぬなんて、そんな縁起でもないこと!俺は絶対に嫌です!」
「じゃあ君も一緒に行っちゃう?」
「その時はそうします!」
「それもいいかもね。二人だけで……春まで誰にも見つからないで……ううん、このまま永遠に二人になれたら……」
そう言って燈子さんは大きく首を捻じ曲げて、俺に唇を重ねてきた。
燈子さんの柔らかい唇が、俺に何かを感じさせる。
俺もそれに答えるように、強く彼女の身体を抱きしめた。
強く抱きしめると、彼女の身体は俺に合わせるかのように柔らかくしなった。
俺も、そして彼女の身体も熱を帯びたと思った時……
ダン、ダン、ダン、ダンッ!
激しく小屋の扉が打ち鳴らされた。
思わず頭にあった新聞紙を払いのけたのと、小屋の扉が開かれたのは同時だった。
「お姉、一色さん!」
そう言って飛び込んで来たのは炎佳だ。
彼女は俺たちの姿を見つけると、そのまま燈子さんに飛びついた。
「お姉!無事で良かった!ごめんなさい!ごめんなさい!」
炎佳は燈子さんに抱き着いたまま、そう泣き続けた。
一瞬焦ったような顔をした燈子さんだが、そんな炎佳に優しく言う。
「もういいのよ、炎佳。アナタの所為じゃない事は解っているから」
そう言って燈子さんは優しく炎佳の頭を撫でる。
やがて燈子さんは俺を振り返ると、まるで何事も無かったように平然と言った。
「どうやら助けが来たみたいね。行きましょう、優くん」
外に出ると、まだ風は強いがすっかり雪は止んでいた。
実は二十分ほど前から雪は止んでいたそうだ。
(暗い小屋の中で、さらに新聞紙をすっぽり被っていた俺たちには解らなかったのだ。)
そこで俺が向かった林間コースを中心に、全員で探しに来たと言う。
外には明華ちゃんが居た。
「良かった。二人とも無事だったんですね」
彼女もホッとしたような顔をする。
「ごめん、明華ちゃんたちにまで迷惑を掛けちゃうなんて」
……臨時参加のJKに助けられるなんて、大学生として失格だな……
俺はそう思いながら、燈子さんに手を貸して元のコースに戻った。
林間コースまで戻ると、スマホも通じる。
そこで俺は電話をし、ゲレンデ・パトロールにスノーモービルで迎えに来てくれるように依頼した。
俺が電話し終わった時だ。
「アレを見て!」
炎佳が叫んだ。
思わず彼女が指さしたその方向を見ると……
西の空の一部で、雲が切れている。
ちょうどその切れ間から、山に沈もうとしている太陽が覗いていた。
そのオレンジ色の夕陽が、いくつもの筋のようになって俺たちを照らしている。
そして俺たちの周囲には……みぞれで凍った樹々の枝が、まるでオレンジ色の電飾のように輝いていた。
俺と燈子先輩、そして炎佳と明華ちゃん。
この四人の周りをオレンジの光が、幻想のように取り囲んでいる。
俺たちはしばらく、その美しい光の芸術に見惚れていた。
「……ジンクス」
炎佳がボソッと口にする。
「林間コースで夕陽に輝く霧氷を見ると……」
俺はそれを聞いてハッとした。
……え、でもおれたち、いま四人いるし。重婚は犯罪だし……
すると燈子先輩が炎佳と明華ちゃんを向き直った。
「二人とも、今日は本当にありがとう。それからごめんなさい。二人には迷惑を掛けたわね」
「いえ、そんな」と明華ちゃん。
「そんなつもりじゃ」と炎佳。
「だけど私も今回の件で一つ解った事があるの。それは私も見栄を張り過ぎて、イイカッコウしようとして、自分の本心を誤魔化して来たって」
炎佳と明華ちゃん、そして俺もポカンとして燈子さんを見つめる。
燈子さんは何を言おうとしているんだろう。
「これからは私も遠慮しない。我慢もしない。だから二人が優くんに近づこうとしたら、全力で阻止するから!」
燈子さんがハッキリと、そして強い調子でそう言いきった。
炎佳と明華ちゃんが互いに顔を見合わせる。
そして遠くからスノーモービルの音が近づいて来た。
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今日もう一話で完結です。
この続き「エピローグ」は本日正午過ぎに投稿予定です。
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