第63話 両手に女子高生(前編)

「ねぇ、どうしたの?雰囲気が暗いみたいだけど?」


 燈子先輩が心配そうに、そう聞いて来た。


「え、あ、いや、別に」


 俺はハッとして、そう言った。


「お弁当、美味しくない?」


 燈子先輩の表情が「心配そう」から「不安そう」に変わった。


 ここは学食、今は昼食時だ。

 今日は燈子先輩がお弁当を作ってきてくれた。

 明太子とシラスのご飯に、薩摩揚げをショウガ醤油で焼いたもの、それに卵焼きとシュウマイとブロッコリーを茹でたものだ。


「いや、そんな事ないです。美味しいです」


 俺は正直に自分の意見を口にした。

 お世辞ではない。

 本当に燈子先輩の料理の腕はメキメキと上がっていた。

 今では週一で作ってきてくれる彼女のお弁当が楽しみなくらいだ。


「じゃあどうしたの?今日はずっと暗い顔をしているよ?」


「そうですか?」


 その声自体が元気がない事は自分でも判った。


「もしかして、またネットでの誹謗中傷を気にしているの?」


 ああ、考えてみるとソッチの問題もあったんだよな。


 だがいま現在の俺を悩ませている問題は、ソッチではない。

 昨日あった白ギャル、桜島炎佳だ。


 彼女は燈子先輩の妹だった。

 その妹の美人局ツツモタセ的ワナにより、俺は炎佳に「姉の燈子と別れて、親友の妹である石田明華と付き合え」と厳命されているのだ。

 逆らえば『世間に出回ってはマズイ写真を、姉の燈子に見せる』と言われている。


 ……炎佳が行動に移す前に、俺の口から燈子先輩に言った方がいいのではないか?キチンと説明すれば、燈子先輩は解ってくれるはずだ……


 頭ではそう考えている。

 だが、その勇気がない。

 正直、怖い。


 なにせ燈子先輩と付き合ってから、そんなに時間が経っていない。

 何で燈子先輩が怒るか解らないのだ。

 それに、炎佳のあの自信タップリな態度が、ただのハッタリとは思えない。


 ……お姉はアタシを信じるよ。お姉は昔からアタシに甘いから……


 ……ウチのお父さんに知られたら大変な事になるよ。警察沙汰になるかもね……


 あの言葉を思い出すと、やはり「言おう」という気力が失せていく。


「優くん、優くん」


 燈子先輩の呼ぶ声で、ハッと我に返った。


「本当にどうしちゃったの?さっきからボーっとしちゃって」


「あ、いえ、別に。昨日よく眠れなかったもので」


 俺は彼女から視線を反らしながら、そう答えた。


 ……でも今のままじゃ俺は不利だ。少しでも炎佳の情報を集めた方がいいかもしれない……


 俺は決心した。


「あの、燈子先輩。燈子先輩には確か妹さんが居るって言ってましたよね?」


 燈子先輩は箸先を口に咥えたまま、キョトンとした表情をした。


「うん、いるけど?」


「妹さんってどんな人ですか?」


 燈子先輩は不思議そうな顔をしながらも答えてくれた。


「う~ん、一言で言えば『自由奔放な子』って感じかな。何事にも捕われないって言うか、あまり細かい事を気にしないって言うか」


「自由奔放、ですか……」


 アレはそんなレベルじゃないと思うが。


「私が物事を考え過ぎちゃう傾向があるのに対し、あの子は先の事はあまり考えずに、直感でパパパって感じで決めちゃうの。そういう所は私も注意はしているんだけどね」


「直感……はぁ」


 直感で、俺が燈子先輩と別れさせられたんじゃ、たまったもんじゃない。


「行動力もある方ね。思いたったらスグ、って所はあるかな。普段はけっこうズボラなんだけど」


 その行動力に、いま俺は悩まされているんだよな。


「末っ子で女の子だから、お父さんも妹には甘いんだよね。お母さんはけっこう困っているけど、やっぱり甘やかせちゃっているし」


 そう言うと燈子先輩は「クスッ」と肩をすくめて笑った。


「そう言いつつ、私も炎佳にはちょっと甘いんだけどね。宿題とかレポートか、頼まれるとやってあげちゃったりして。やっぱり妹だから気になるし、可愛いからね」


 こ、これは……俺に圧倒的に不利では?


 ……アタシが訴えれば、一色さんは桜島家の敵だよ……


 改めて炎佳の言葉が甦る。

 そこで昨日、炎佳が言っていた燈子先輩に関する事が思い出された。


 『俺は姉には吊り合わない』などと姉を心配していながら、『姉の笑顔が憎らしかった』とか『俺と先にキスした事で勝った』とか、どうにもチグハグな事を言っていた。

 あの子との関係は、一体どうなんだろう。


「燈子先輩は妹さんとは仲がいいんですか?」


 答えは即答だった。


「仲いいよ。あの子も、お父さんやお母さんには駄々を捏ねても、私の言う事は割とすんなり聞くしね。よく二人で買い物とかも出かけるし、美味しい物を食べに行ったりもするの」


 と言う事は、炎佳のあの行動は「俺に姉を取られる!」と言う危機感か?


 いや、違う。

 アイツは「鴨倉ならイイ」と言っていた。

 やはり『俺と燈子先輩の交際そのもの』が気に入らないのだ。


 一般的に考えて『浮気する男』の方がイイなんて考えられないが……

 それとも、これは俺の考えに過ぎないのか?

 女子高生から見れば『ダサイ男』より『浮気するイケメン』の方がいいと言う事なのか?


「でもどうしたの?急に私の妹の事を聞いたりして」


 燈子先輩がそう尋ねて来た。


「いえ、別に。ただ俺は一人っ子なんで、兄弟ってどんな感じなのかな、と思って。ましてや姉妹なんて想像も付かなくって」


 その時、俺のスマホが振動した。


「あ、ちょっとすみません」


 そう言ってスマホを見ると、メールに着信があった。

 誰かと思って開いてみると……


 ……渦中の人、炎佳だ!



SUBJECT:今日5時半に船橋のカラオケ店

本文:

今日5時半に船橋のカラオケ店『プロヴァンス』に来るように!

先に行って待ってるから!



 ……な、なんだコイツ。いきなり……


 俺は即座に返信を打った。



SUBJECT:Re:今日5時半に船橋のカラオケ店

本文:

忙しいので行けない。



 するとほとんど間を置く事なく、次のメールが飛んできた。

 開いてみると本文は無いが、JPEGの添付ファイルが付いている。

 その画像が自動的に表示される。

 その画像には……


 『炎佳が嫌そうな顔をしながら、ブラウスを肩の下まで大きくはだけさせ、その背後に手を伸ばしている俺の姿』が映っているではないか!


 しかも画像にはご丁寧に『だ~れだ?』と、ペイントソフトで後から追記されていた。


 ……あ、あの野郎……


 俺はあまりの事に息を呑んだ。

 アイツはハッタリでも何でもなく、本当に昨日の事を写真に撮っていて、それをネタに俺を脅迫する気なのだ。


「何かあったの?そんな怖い顔をして」


 燈子先輩が心配そうに聞いて来た。

 俺は慌ててスマホをポケットに戻す。


「いえ、別に!大丈夫です、全然!なんかレポートの一つが再提出になっちゃったみたいで……それで焦っただけです!」


「そうなんだ?もし難しいようだったら、私が見てあげようか?私、去年の成績はほぼオールSだから。どんなレポート?」


 ウチの大学はSが優、Aが良、Bが可、Cが不可だ。


「いえ、大丈夫です。このくらい自分で出来ますし!そんな、燈子先輩の手を煩わせるほどの事じゃありませんから!」


「そうなんだ?」


「ええ、それと俺、次の授業の準備があるんで、そろそろ行きますね」


「そうなの?それで今日は一緒に帰れる?」


「あ、ちょっとまだ解らないんで……後で連絡します!」


 燈子先輩はちょっとだけ寂しそうな顔をした。


「すみません、本当に。後で必ず連絡しますから!」


「うん、わかった。でもレポートの件、解らなかった本当に言ってね。私も優くんと一緒に図書館デートしたいから」


 燈子先輩はそう笑顔で言ってくれた。

 なんか彼女を裏切っているみたいで、すごく後ろめたい。




>この続きは今日(1/29)夜に投稿予定です。

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