第32話 女子会潜入!(前編)

 その日、俺は普段利用する駅とは違って高円寺の方に向かっていた。

 JR高円寺駅の近くに、スイーツ食べ放題の店がある。

 燈子先輩たちは、そこで『サークルでの冬イベント』について、女子が何をやるか相談しているのだ。


 今は11月中旬。

 これから先、クリスマス、お正月、バレンタインと、いくつもの『冬のホットイベント』が待ち構えている。

 俺達が所属するサークルでは、毎年それに合わせてイベントを企画しているのだ。

 それに対する女子の要望をまとめましょう、という口実で集まっている。

 俺はそこに「男一人でたまたまケーキを食べに来た」という設定だ。


 一階でドリンクとケーキを二つ頼んで、それを持って二階に上がる。

 平日の昼間なのだが、それなりに席は埋まっていた。


 ……まずは燈子先輩達のいる席を探して、そこに近づかないと……


 そう思って奥の方へ進もうとした時だ。


「あれ、一色君じゃない?」


 そう呼びかけてくれる声があった。

 見ると柱の影になるが、そこで一美さんが手を振っている。

 燈子さんとサークルの女性4人が一緒だ。

 俺はトレイを持ったまま、彼女達のいるテーブル席に近づく。


「一色君、一人?」


 一美さんがごく自然にそう問いかけてくれる。

 打ち合わせ通りだ。


「はい、一人です」


「良かったら、ここに座りなよ」


 一美さんが自分の隣を指し示す。


「すみません。それじゃあお言葉に甘えて」


 俺は近くの空いているイスを引き寄せて、彼女達と同じテーブルについた。

 一緒にいるのは、燈子先輩と一美さん以外、四人ともサークルの女子だ。

 経済学部2年の美奈さんと1年の綾香さん、文学部2年のまなみさん、商学部の1年の有里さん。

 四人ともサークル内では影響力のある女子だ。

 さすがは燈子先輩。人選にも抜かりはない。


 経済学部2年の美奈さんが俺に聞いた。


「一色君はさぁ、どこで一美と知り合ったの?一美はウチのサークルに所属してないのに」


 それには俺が答えるよりも早く、一美さんが答えた。


「燈子を通して顔だけは知っていたんだ。それでこの前、図書館でアタシがプログラムの本を探していたら一緒になってね。それから時々プログラミングの課題を頼んでいるんだよ」


「なんだ、そうなのか?でも一美、外からウチのサークルの一年にチョッカイ出さないでよ。一色君はけっこう期待の新人なんだから」


 美奈さんがそう言って笑った。


「アタシも今度からこのサークルに参加するんだから、もう文句ないだろ?」


 一美さんも笑って言い返す。


「でも一色君はカレンと付き合っているもんね。もう手遅れだよね」


 そう言ったのはカレンと同じ文学部で2年生のまなみさんだ。


「ええ、そうですね」


 あいまいな返事で誤魔化す。


「蜜本カレンか、私、あの子あんまり好きじゃないんだよなぁ。男子には人気あるみたいだけど」


 美奈さんがズケッとそう言った。


「ちょっと美奈、一色君の前でそんなこと言っちゃ悪いよ」


 まなみさんがそう言って止めに入るが、その割には顔が笑っている。


「あ~、そうだね。一色君、ゴメンね。私、割りと思ったこと言っちゃう方だから気にしないで」


 すると経済学部一年の綾香さんが口を開いた。


「でも美奈さんの言う事にあたしも賛成です。カレンって男が居る時と居ない時とで、かなり態度が違うから」


「そうそう夏合宿の時もひどかったもんね。私もアレにはけっこう引いたけど」


 そう同意したのは商学部1年の有里さん。

 カレンがサークル内女子からの評判が悪い事は、事前に燈子先輩から聞いて知っていた。

 で、ここで俺が言うセリフは……


「でも俺はカレンの彼氏なんで、彼女の事を信じてますから。根はイイ子ですよ」


 とフォローする事。

 燈子先輩曰く『彼女の悪口が出たら、必ずフォローする事。これだけは他女子に同意する必要はない』と言うことだ。


 女性陣4人は一瞬、顔を見合わせた。


「ま、まぁね。一色君もカレンにいい所があるから、付き合っているんだろうし」


「実際、カレンは可愛いもんね。雰囲気とかもホワッとして」


「男子から見たら放っておけないタイプかもしれないね。あんまり気にしないで」


 だが美奈さんだけは、最後にチクッと一言付け加えるのを忘れなかった。


「でもまぁ『付き合う女は選んだ方がいいかも』ってことよ」


 俺だって本当はカレンなんかと付き合った過去は、完全クリアしたい。

 『根はイイ子』なんて言って、口が腐りそうだ。

 本音をブチ撒けて「カレンは性根から腐った女だ!」って大暴露してやりたい。


 だが燈子先輩が「女子は『自分の彼女を悪く言う男は最低』だと思っている。

 だからカレンさんの悪口が出ても絶対に同調しないように」と釘を刺してくれたのだ。


 しかし……燈子先輩から前情報で聞いてはいたけど、他女子のカレンに対する評価はかなり悪いんだなぁ。

 浮気の一件がなかったら、けっこうショックだったかもしれない。



「あ~あ、さっき撮った自撮り写真、なんかあたしブスっぽい!」


 一美さんがスマホを見ながらそう言った。

 話題を切り替えようとしてくれているのだ。

 そしてこれは俺に『自撮りアプリの話に切り替えろ』という合図なのだ。


「どんな感じですか?見せてもらえます?」


 俺はすかさず、一美さんの声をかけた。


「ホラ、さっきこの店で撮ったんだけどさ。なんかあたしブスに見えない?」


 別に普通に撮れているが、ここはお互い演技なので構わない。


「そうですね。たぶん光源のせいです。だから肌の色とかホワイトバランスとかを調整すれば……」


 そう言って一美さんのスマホを操作する。


「お~、キレイになったじゃん。さすが一色君。これくらいでないとSNSに上げられないよね」


 一美さんはオーバーにそう言った。


「一色君って、カメラアプリに詳しいの?」


 そう食いついて来たのは、やはり美奈さんだ。

 他の女子三人も興味ありげに俺を見ている。


「詳しいってほどじゃないんですけど、自分でも作ってみたいと思って。それで少し調べているんです」


 これは本当だ。

 小遣い稼ぎでも出来ないかなと思って、俺はAndroidでカメラアプリを作ってみた事がある。

 もっとも『可愛く見せる、キレイに見せる』にはそれなりのノウハウの蓄積が必要らしく、俺が作ったアプリ程度では売り物にならなかったが。


「じゃあさ、今ならどんなアプリがお薦め?」


 身を乗り出してきたのは有里さんだ。


「ちょっと前までメジャーだったのはKアプリですよね。今はSOアプリかULアプリかBPアプリ、B9アプリ辺りが人気があるんじゃないですか?ナチュラルに盛るならSOだし、加工前提ならULとかBPとかもいいですよね」


「私はUL使っているんだけど、機能が多すぎて何の機能を使えばいいのか、解らないんだよね」


 まなみさんがそう言った。


「やっぱり一番は肌感だと思うので、ULなら……」


 そうして俺はしばらく、女性陣に対して『自撮りアプリの特徴とお薦めポイント』を説明した。

 また『シチュエーション別の加工テクニック』も少し話に加える。


 これらの元ネタは、全て燈子先輩から聞いたものだ。

 俺が調べたのは、現在人気のある自撮りカメラアプリについてと、有料サービスについてくらいだ。

 特に加工テクニックなんて、俺に解る訳がない。

 これは燈子先輩がモデル仲間に聞いてくれた話を、そのまま受け売りしているだけだ。


 綾香さんが感心したように言った。


「すごいね、一色君。こういうことにも詳しかったんだ」



>この続きは明日(1/6)正午過ぎに投稿予定です。

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