第26話 燈子先輩と買い物デートもどき(後編)

 ズボンの裾直しを待っている間、俺と燈子先輩は近くのコーヒーショップに入る。

 頼んだカフェラテを飲みながら、燈子先輩が言った。


「最初の内は、だいたい買った時のセットで着ていればいいんじゃない。それで徐々にそれに合う服を買っていけば。ボトムが同じでも、上が違うだけで随分と印象は違うからね」


「はぁ」俺は曖昧に返事した。


「あと服装に自信が無い内は、柄物は避けた方がいいかも。自分はイイと思っても、他の人は合わないと思うかもしれないから。それから古着は止めた方がいいかもね。古着を見極めるのって難しいから」


「なるほど」


 って言うか、それくらいしか俺には返せる言葉がない。


「それと重要な点だけど、いくら服装が良くても姿勢や歩き方が悪かったら台無しなの。だから姿勢と歩き方には気をつけて。まず猫背はダメ。特に理系の男子はパソコンに向かう事が多いせいか、背中が丸まっている人が多いから。常に背筋はピンと、ちょうど頭の上から糸で引っ張られているイメージで。歩き方については、また今度、時間がある時にゆっくり説明するね」


 それらの助言を頭に入れていく内に、一つの疑問が沸いて来た。


 ……燈子先輩、なんでこんなにファッションに詳しいんだろう。それも単純に流行を追ったお洒落じゃなくて、俺みたいな普通の男向けの服装にも、自信を持って助言してくれる。ましてや姿勢や歩き方まで。何か根拠でもあるんだろうか?……


「燈子先輩は、どうしてそんなにファッションに詳しいんですか?」


 彼女は一瞬、ギョッとしたような顔をした。


「え、だってそれはホラ、私は女だから」


「でもいま選んでいるのは男の服ですよね?それに流行のファッションじゃなくて、普通の男子が適度に見栄え良く見える服を選んでくれる。しかもそのチョイスには自信みたいなものを感じるんです。それに服装を良く見せるために、姿勢や歩き方まで指摘するなんて。何か根拠があるような……」


 すると燈子先輩は俺から視線を反らした。

 しばらく下を向いている。

 やがて顔を上げると、諦めたような感じでこう言った。


「実は私、みんなに内緒でファッション雑誌の読者モデルをやっていたの。それで男女問わず、色んなファッションについて話を聞く機会が多かったの」


「読者モデル、ですか?」


 俺はそう聞き返したが、さほど驚かなかった。

 燈子先輩の容姿とスタイルなら、十分にモデルとしても通用するからだ。


「うん。高校時代に新宿でスカウトされて。モデルの仕事を初めてやったのは、大学に合格してからなんだけど。最初は断ったんだけどスカウトの人も熱心で、その場で調べたら事務所もちゃんとした所だったから。あ、一応事務所にも入っていたのよ。それで『女の子らしい可愛い服が着られるなら、それもいいかな』って思って」


「それで服のコーディネイトだけじゃなくて、歩き方まで指摘したんですか。どれくらいやっていたんですか?」


「去年一年だけだよ。『SAKURAKO』って名前でいくつかの雑誌に出てた」


「今はやってない、って事ですか?」


「うん。思っていたより名前が売れちゃった事で、普通の学生生活が送れなくなる事が嫌だったから。それに春くらいから事務所の人に『グラビア・モデルもやってみないか』って言われちゃって。私、そこまでする気は無かったから」


 確かに燈子先輩なら、グラビア・モデルとしても十分に通用するスタイルを持っている。

 身体は細身だが胸は大きい。

 男にとっては理想的なスタイルだ。


「お願いだから、みんなには言わないでよ。私、ずっと秘密にして来たんだから」


 燈子先輩は俺に哀願するような目で言った。


「大丈夫です、誰にも言いませんから」


 そこで俺はまた不思議に思った。


「ファッション・モデルをやったくらいなら、俺なんかに頼まなくても、可愛い女の子は一杯いたし、そういう服装もやったんじゃないですか?」


 しかし燈子先輩は首を左右に振る。


「私はどっちかと言うと、シックな感じのファッションを担当させられる事が多かったの。だから『女の子、女の子』したファッションには縁が無くって。それに私が知りたいのは『服装が可愛い女の子』じゃなくて、『男子から見て、可愛い・守ってあげたいと思うような女の子』全般についてだから」


 なるほど、美人だからって全てが上手く行く訳でもないのか。



 小一時間ほど待って、俺たちは再びZUに戻り、購入した衣服を受け取って帰路についた。

 電車の中で俺は燈子先輩に礼を言った。


「今日はありがとうございました。お陰で『自信がある勝負服』が3セットも出来ましたから」


 なにしろ燈子先輩に選んでもらった服だ。

 間違いない。


「こちらこそ。私も男の子の服を選んであげるなんて初めてだったから。けっこう楽しかったよ」


 そう明るい笑顔で返してくれる。

 それを見て、俺は何か癒されるのを感じた。


「また今度、時間がある時に冬服も一緒に選んでもらえますか?」


「いいわよ。Xデーは冬だし、その時用にバッチリ決めないとならないもんね」


 そう言った後、俺に小さく指を突きつける。


「その前に『私への報酬』、忘れないでよ」


「大丈夫です。いま考えを纏めている所です」


「いつ頃、見せて貰えるかしら?」


「う~ん、俺だけだとサンプルが足りないから、もう少し他のヤツの話も聞きたいと思っているんですけど」


「ちょっと、あんまり話を広げないで。私だってバレたら恥ずかしいじゃない!」


「あ、すみません。そうですね、でも俺だけの意見じゃなぁ」


「いいから、一色君の好みだけでいいから。早く教えてよ」


「わかりました。じゃあ来週の月曜くらいには」


「まったく、私が釘刺さなかったら、『ネットで意見を募る』とか言い出しそうなんだから!」


 俺は苦笑いした。

 実際、半分くらい「そうしようかな」と思っていたからだ。



>この続きは明日(1/1)正午過ぎに投稿予定です。

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