三年目:とある雨の日
雷の日の彼女
高校を卒業してから、親元をはなれて一人暮らしを始めた。1Kで、少しボロいアパート。家賃は実家にいた頃のお小遣いより安い。
「実さぁん……」
「大丈夫よ。落ちたりしないから」
気が強くて生意気な年下の恋人が珍しくわたしの腕の中で震えている。その日は大雨で、外では雷鳴が轟いていた。彼女は雷が苦手らしい。そのこと自体は付き合う少し前に、偶然知っていたのだけど——
「実さん……今すぐ私を抱いて」
わたしの腕の中で震えながら、涙声で彼女は呟く。
「……は?何?貴女、雷で発情するシステムなの?」
流石にこんな展開は予想だにしなかった。あまりにも脈絡が無さすぎて冗談かと疑ってしまうが、冗談を言える状態には見えない。
「ち、ちげぇよ……そんな変態じゃ——ひゃっ……!」
ゴゴゴゴと不穏な音が轟くたび、彼女はわたしにしがみついて震える。
「な、何かに没頭していれば……怖くなくなるだろ……」
「……なら、スマホのゲームでも「ひゃあっ!!」
彼女が変なことを言ったせいか、悲鳴や震える吐息が妙に色っぽく感じてしまう。
「お、お願い……頭空っぽになるくらいめちゃくちゃにして……」
「っ……何よそれ……」
立ち上がらせ、ベッドに転がす。見下ろすその姿は、いつもニヤニヤしながらわたしをいじめてくる人と同一人物とは思えないくらい大人しい。こうしてみるとほんとに、か弱い美少女みたいだ。
「っ!」
音が無くとも、窓の外で光るだけで怯えてしまう。よっぽど苦手らしい。
「待ってなさい」
震える彼女に布団を被せて、部屋を出て洗面所へ。マフラータオルを持って寝室に戻ると、彼女が不安そうに布団から潤んだ瞳を覗かせた。
布団を剥ぎ取り、タオルで目隠しをする。
「……これで怖くないでしょう?」
「……目隠しプレイですか?」
「うるさい。外に放り出すわよ」
「それはマジで勘弁してくれ……」
見えなくなったことで少し余裕が出たのだろうか、震えが止まった。しかし、ゴゴゴゴという不穏な音に反応してびくりと飛び跳ねる。耳を塞ぎ、キスをする。
「……大丈夫よ。わたしに集中して」
キスを交わしながら服を脱がしていく。いつもなら「あんたは絶望的にタチの才能がないから」とか言って途中でひっくり返されるのだけど、今日はほんとに大人しい。一切抵抗してこない。震えながら、噛み締めるように静かに善がるその姿は彼女のものとは思えない。見知らぬ生娘を抱いているみたいで、どうも調子が狂う。
「実さん……手止めないで……」
「貴女が大人しいと調子狂うのよ……」
雨音が激しくなってきた。再び窓の外がピカッと光る。ゴゴゴゴ……という不穏な重低音が聞こえ、咄嗟に彼女の耳を塞ぐ。おさまったところで離すとドカーンッ!と雷鳴が轟いた。
「うわあああああ!!」
それに負けないほどの甲高い悲鳴が部屋に響く。
「あ、貴女の悲鳴の方が心臓に悪いわよ!」
「そ、そんなこと言われても!」
「もー!ちょっと待ってて!」
「あっ、ちょっと、やだ!一人にしないで!」
「すぐ戻るから大人しくしてなさい!」
ベッドから降り、机の引き出しから耳栓を取り出して彼女の耳に詰める。
「わたしの声は聞こえる?」
「……」
何度か声をかけてみるが返事はない。耳元で声をかけると、ようやく返事をした。近づかないと聞こえないようだ。
私を探して彷徨う彼女の手を捕まえ、握り込む。
「ちゃんと居るわよ。ここに」
「……雷、おさまった?」
「まだ」
「……マジでなんも聞こえないからもうちょっと近くで話——んっ……ふ……」
目隠しや耳栓で視覚や聴覚を遮断すると集中しやすくなって感度が一気に上がると、ネットに書いてあった。試す機会なんて与えてくれないと思っていたが、まさかこんな形で実践することになるとは。
「っ……やば……」
確かに、いつもより余裕が無い。
ここぞとばかりにいつもの仕返しをしたくて、わざと焦らしながらゆっくり攻める。いつも彼女がそうするように。焦ったそうに善がる彼女の様子を楽しんでいると、不意に手を腕をガッと掴まれた。そのまま泉に導かれ「触って」と、息切れした余裕の無い声で囁かれる。
普段はほとんど抱かせてくれない。『実さんはネコの方が向いてるから』とか言って。なのに抱かれ慣れているのがほんとムカつく。
「なんか……怒ってます……?」
手つきから伝わってしまっただろうか。
「別に」
「んっ……ふ……実さん……」
腕が伸びてきて、わたしを胸に抱き寄せた。ぎゅっとしがみついて、吐息と善がり声に混じってわたしの名前を何度も呼びながら小さく震えた。果てたようだ。手を止めて、肩で息をする彼女をベッドに寝かせる。
「ねぇ……いい加減雷おさまった……?」
問われて、改めて外を見てみれば雨はすっかり止んでいた。ヘッドフォンを外してそのことを伝えると、ぐいっと身体を引き寄せられ転がされた。煩わしいと言わんばかりに乱暴に目隠しを投げ捨て、欲に塗れたギラついた瞳でわたしを見下ろす。
「ちょ、ちょっと……?」
「やられっぱなしは性に合わないんで」
「貴女がしてって頼み込んできたんじゃな——って、ちょ、ちょっと何してるのよ」
目隠しに使っていたタオルでわたしの腕を縛り始める満。抵抗するが、彼女の怪力には勝てない。
「暴れんなって」
「そりゃ暴れるわよ!何してるの!」
「気持ち良かったからお礼に実さんにも同じことしてあげようと思って」
「わたしは腕までは縛ってなかったのだけど!」
「あれ?そうだっけ?」
「解きなさい」
「えー」
「えーじゃない」
「終わったら解くね」
「ちょ、ちょっと!」
彼女はわたしを放置し、服を羽織って部屋を出て行ってしまう。腕の拘束を解こうともがいていると、彼女がタオルと耳栓を持って戻って来た。視界が遮断され、続いて聴覚が遮断される。
何も見えない分、彼女の指の感触が鮮明に感じる。
「んっ……!っ!」
小さな音が遮断された分、自分や彼女から発生する水音や吐息がはっきりと聞こえる。快楽から逃れたくても、腕の自由が効かない。足で抵抗するが「駄目。じっとして」と優しく囁かれて力が抜けた。いつも以上に優しく触れられ「愛してるよ。実」と囁かれる。ほんと、こういうところずるい。
「……可愛い」
さっきまで泣いてたくせに、結局いつも通りだ。あのまま一日中雷だったら良かったのに。
だけど悔しいことに、結局わたしはしおらしい彼女よりもこういう意地悪な彼女の方が好きらしい。
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