バレンタインデー(side:満)
恋人ではないけど大切な人
2月14日。バレンタインデー。
「おーっす。おはよう」
「おはよう。ちる」
今日はうみちゃんは居ない。『用事があるから先行くね』と言って朝早くから出て行った。恐らく、彼女とチョコレートを交換しているところを茶化されたくないとか、そんな下らないことだろう。
私も実さんにチョコレートを渡すべきなのか悩んだが、やめた。茶化されたくないだろうし。渡さなかったら渡さなかったでまた不機嫌になりそうだが。まぁ、彼女が用意してなければそれを指摘して言い包めればいいし、用意してくれていたらホワイトデーに返すと言えばいいだけの話だ。
学校に着き、下駄箱を開ける。見慣れない封筒が入っていた。思わず閉じる。
「…どうした?ちる」
「いや…」
もう一度、自分の下駄箱であることを確認して開ける。やはり、ある。白い封筒。出席番号が近くて、かつ、モテるうみちゃんかユリエルの下駄箱と間違えてるのかと思ったが、ご丁寧に"月島さんへ"と書いてある。開けて中を見ると『昼休みに体育館裏に来てください』と書かれていた。差出人の名前は無い。
「…うわ、なにそれ。果たし状ってやつ?」
なっちゃんが手紙を覗き込んで言う。なるほど、告白だと思っていたが、その線もあり得るか。——いやいや、この学校にそんな物騒な奴いないだろ。強いて言うなら、うみちゃんくらいか。
「果たし状って。普通にラブレターでしょ」
はるちゃんが呆れたように苦笑いしながら言う。
「…だよなぁ」
中学生の頃からこういった呼び出しは何度か受けたが、恋愛に興味が無い——いや、興味はあるが誰かを特別だと思えない私にとっては告白なんて憂鬱なイベントでしかない。
告白されているところを実さんに見られたら面倒だし。手紙を無視したらしたでそれはそれでまた面倒なのだが。
罰ゲームでの告白もあったが、どちらにせよ私の答えは一つなのだから、嘘の告白だろうが関係ない。
呼び出しておきながら来ないという悪戯もあったが、それに関しては一度きりだった。うみちゃんがなんかしたらしい。誓って、私は何もしてない。
昼休み。実さんに、昼休みに知らない相手から呼び出されていることを連絡すると『どうでもいいです。一人で食べます』と返ってきた。完全に拗ねてるじゃん。めんどくさっ。
一応『行けたら行く』とだけ返してから手紙を持って指定された場所へ行く。
しばらく待っていると
「つ、月島さん!…だよね…」
やって来たのは女子生徒。面識は無い。
「…悪いけど、人を待たせてるんだ。手短に頼む」
「…これ…」
彼女が渡してきたのはラッピングされた袋。中には丸い茶色の物体。時期的に、チョコレートだろう。
「あの…私…月島さんのことが好きで…その…一目惚れ…ってやつで…文化祭の演技見て、ギャップに惚れたっていうか…」
「…私、あんたの名前も知らないんだけど」
「ご、ごめん…一年七組の…小林です…ごめんね…気持ち悪いよね…」
「…同性から好意向けられんのは別にキモいとは思わんけど、面識無い相手からの好意は正直困る。それがどういう好意かにもよるけど。恋愛的な意味なら、悪いけどこのチョコは受け取れんよ」
「…」
俯いて黙り込む彼女。まぁ、わざわざ呼び出すくらいだから特別な意味なのだろう。純粋な応援だけで無いなら受け取るわけにはいかない。受け取るくらいなら別にと思われるかもしれないが、面倒な期待はされたくないから。
「…月島さん…恋人いるの?」
「恋人っつーか…大事な人は居る。まだ恋人と呼べる関係ではないんだけど」
「恋人じゃないなら、私にもチャンスは「無いよ」そんな…」
気を使って濁したって無意味だ。
「そういうわけだから、チョコ返すよ」
渡されたチョコレートを突き返す。彼女は俯いて泣きながらチョコを奪い取り「ごめんなさい」と呟いて走り去って行った。酷いことをしていると言う人も居るかもしれないが、余計な期待をさせるよりはマシだろう。別に、知らない人間に嫌われようが幻滅されようがどうでもいい。
「…実さん、居るのバレてますよ」
「!…た、たまたま通りかかっただけよ!別に覗き見してたわけじゃないから!」
ここに来る前からずっと尾けていたくせに。まぁ、それを指摘するとめんどくさそうだから気づかないふりをしておいてやろう。
「…後ろに隠してるのなに?」
「な、なにも隠して無いわ」
「バレバレっすけど」
「っ…」
気まずそうに前に出したのはラッピングされた箱。
「…こんなの、貴女は要らないわよね」
「別に、あんたからのチョコなら貰いますよ」
「…何よ。…期待させるようなことはしないんでしょう」
「私はあんたと契約したんでね。他の女のところ行かないって。友チョコか義理チョコ以外は貰いません」
「…わたしのことなんて好きじゃないくせに…」
「嫌いでも無いよ。…で、くれるの?くれないの?どっち?」
俯いて深いため息をつくと、ずかずかと近づいてきて私の手に箱を握らせた。
「返品不可、3倍返しだから」
「…3倍って…いくらするチョコなんすか、これ」
彼女のことだから千円以上はするのだろう。
「一箱五千円」
「は!?たっか!!この手のひらサイズが五千円!?」
3倍にすると一万五千円。
「嘘だろ!悪質な押し売りじゃん!!」
「さ、3倍返しは冗談だから!…だから…受け取りなさいよ…」
「…へいへい。もらっときますよ。そのかわり、お返しはあんま高いもん期待しないでね。あ、どうしても3倍返ししてほしいなら身体で払いますけど」
「…貴女の身体にそんな価値ないわよ」
「あぁ?むしろ釣りがくるくらいなんだが?」
「…ほんと自信過剰ね」
「にゃんにゃん鳴かされてるくせによく言う」
「貴女…ほんっと下品ね…」
「事実じゃん」
「うるさい。…今日は一人で食べます。来ないでくださいね」
「へーい。チョコ、ありがとね」
「…ふん」
ぷりぷりしながら去って行く実さんを見届けてから箱を開ける。正直、安物のチョコとの味の違いなんて分からないと思っていたが、今まで食べたチョコレートの中で一番美味しいと言っても過言ではなかった。そう感じたのはきっと、高級なチョコだったから——いや、もしかしたら、彼女が私のために選んでくれたからというのもあるかもしれない。
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