実の誕生日(side:実)
サボテンの花言葉
8月8日。今日は私と柚樹の誕生日。朝起きたら使用人達や母は私におめでとうと声をかけてくれる。柚樹の名前を出す人はいない。そもそも本人も家に帰ってきていない。誕生日の日は大体彼は家にいない。居ても祝ってもらえやしないからだろう。
「…早川、車」
「今日は電車ではないのですか?」
「えぇ。今日は車で」
専属の運転手に車を出させる。
「…柚樹を迎えに行きましょう。静の家に泊まっていると聞いています」
「かしこまりました」
静の家に向かわせる。
家の前に静と彼が立っているのが見えた。止まらせると、静が後部座席のドアを開けて彼を先に乗せてから乗り込んだ。
「…誕生日おめでとう。実」
「…貴方もね。柚樹」
「ありがとう」と彼は寂しそうに笑う。
「おめでとうございます。柚樹様」
「ありがとう早川。…今日も帰らないから。俺が居たらパーティが盛り下がるだろ?」
「…かしこまりました」
気まずい空気のまま、学校に着く。誕生日の日は毎年複雑な気持ちになる。だけど、今年は違うはずだ。
「二人とも、誕生日おめでとう!」
部室に入ると、クラッカーが鳴り響いた。きょとんとする柚樹を用意された席に座らせ、隣に座る。
「二人とも、誕生日おめでとう」
机の後ろからひょこっとクマのぬいぐるみが顔を出す。
「柚樹くん、この間は私の腕を治してくれてありがとう。おかげさまでこの通りだ」
ひょこひょこと誰かの手がぬいぐるみの腕を動かす。
「…もしかして、
「…三崎先生と呼びなさい」
机から顧問の三崎先生が顔を出す。どうやらぬいぐるみを操っているのは先生だったようだ。
「…こほん。三崎先生から二人にプレゼントを預かっているよ。受け取りたまえ」
机の下からプレゼントの箱が二つが出てきた。
「…俺のもあるんだ」
ぽつりと呟かれた言葉に「当たり前だろ」とみんなが笑う。
「開けてみたまえ」
「…うん」
中を開ける。二つの箱の中身はシャーペンと消しゴム。
「それを使って勉学に励みたまえ」
「ありがとうございます」
「…ありがとうございます」
「泣くのはまだ早いぞー。ほれ。メンバーからのプレゼントと、部員全員からのプレゼント」
きららが4つの箱を机に並べる。「小さい方があたし達からだからそっちから開けて」と言われ、言われた通りに開ける。出てきたのは黄色いサフランのような花が入った小瓶のストラップ。
「サフラン?」
「ちげぇよ。あたしらのバンド名の由来になった花だよ」
「クロッカスか」
「そう。で、あたしらも同じ物作りましたー」
そう言ってきららは同じ物を掲げて笑う。空美と静も。しかし、私達の物とは中の花の色が違う。三人の持っている物の花は白。
「クロッカスって言うと紫のイメージなんだけど」
「紫には愛の後悔っていう花言葉があるんだって。だから避けた」
過去の恋愛のことを思い出してしまう。空美達は私の過去を知らない。単純に、縁起が悪いと思って避けてくれたのだろう。
「ふぅん…白は?」
「白は特に特別な花言葉はないけど、黄色はあるよ」
「何?」
「…内緒。後で調べて」
照れ臭そうに目を逸らすきらら。バンド名を決めるときに調べたから知っている。黄色は私を信じてだ。柚樹にそれを伝えるとふっと笑った。
「…ありがとね。嬉しい」
「うん。二人とも、これからもよろしくね」
「おう。もう一つのプレゼントも開けていい?」
「おう」
部員全員からと言われた箱にはそれぞれ、ろうそくが2本たった小さなホールケーキ。一人で食べられるサイズだ。
「なんで2本?」
「流石に17本は立たんからさ、バンド組んで二年目の誕生日だから2本。ろうそく代込みで、部員全員からお金を徴収して買いましたー」
「先輩も出してくれたんだよ」
先輩というのは先生が操っているぬいぐるみのことだ。
「先輩ありがとー」
「うむ」
「お二人とも、火つけますね」
静がろうそくに火をつけると、部室の電気が消え、空美のキーボードでの伴奏と共にハッピーバースデーの合唱が始まる。
「ハッピーバースデーディア実アンド柚樹〜♪バースデートゥーユー〜」
歌が終わったところでろうそくを消す。拍手が起こった。
「…こんなにたくさんの人に祝ってもらえたの初めてだな」
柚樹が呟く。去年の誕生日は知らずに過ぎた。来年は祝うからという約束を守ってくれることを彼は期待していなかったのだろう。
「お姉様、柚樹さん。わたくし達からも一曲ずつ披露させてくださいな。今日のために作ってきましたの」
一年生だけで構成された二組のグループ—あまなつという五人組と、Δ(デルタ)という三人組のグループ—がそれぞれ作ってきてくれたというバースデーソングを披露する。
17年生きてきて一番ささやかで、そして幸せな誕生日パーティだ。夜に行われる家でのバースデーパーティなんて要らないから、代わりにこの時間がずっと続いてほしいと思うくらいに。
パーティが終わって昼頃。休憩に入ると、部室のドアが開いた。入ってきたのは紙袋を持った月島さん。
「おっ満ちゃん。何?誕生日祝いに来てくれたの?」
「うん。そう。ほい、あんたにはこれね」
紙袋から袋を二つ取り出し、柚樹に渡す。
「わーい。って…二つ?何?誰から?」
わたしの疑問を柚樹が代弁すると、彼女は「弟」と答えた。
「マジで?新くんから?やったぁー」
両手を上げて喜ぶ柚樹。いつの間に彼女の弟と知り合ったのか。わたしはほとんど話したことないのに。
袋の中身はピックケース。もう一つは爪切りと爪やすり。ピックケースの方が弟かららしい。ギターを弾いていることも知っているようだ。わたしはほとんど話したことないのに。モヤモヤしていると、月島さんに紙袋ごと渡された。
「えー。なんか実のデカくない?俺のとの差」
袋を覗き込んでぶーぶー言う柚樹。袋の中には小箱とラッピングされた袋。袋の中身はノート。
「そのノートが弟から。で、箱は私」
「…ありがとうございます」
小箱を開けようとすると「取り出す時トゲに気をつけて」と月島さんは言う。
「…何入れたんですか貴女」
「んな警戒すんなよ。ほら、開けて開けて」
ラッピングを解き、箱を開ける。中から出てきたのは小さなサボテンだった。
「…サボテン…ですか…」
前に付き合っていた彼女から教わった。サボテンの花言葉は"枯れない愛"だと。そんなこと知らずに渡して、ニヤニヤされたことを思い出してしまった。
「サボテン嫌いだった?」
「…いえ。別に。…ありがとうございます」
「枯らさないでくださいね」
「あ、部室でお世話する?」
きららが提案する。
「…いえ。部屋で、私一人で世話します」
月島さんには、過去に付き合っていた彼女からサボテンをもらった話はしていない。たまたま被ったのだろう。知っていたとしたらとんでもない嫌がらせだな。
どうせ、花言葉も知らないのだろう。いつかこれをネタにして揶揄ってやれる日は来るのだろうか。いや、違う。来るのだろうかではなく、掴み取らなければ一生こない。彼女は待つだけで、私を引き上げてはくれないから。
必ず、いつかこれをネタにして揶揄ってやる。必ず。いつか。
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