第59話

舞踏会前夜ヴィオラは、中々寝付く事が出来ずにいた。先日は未遂で済んだが、明日の夜はレナードは、多分あの続きをするだろう。こういう事に疎いヴィオラは、実際にはどんな風にされるのかは、想像出来ない。だが、あの時確かに、恐怖を感じた。


不安に襲われて、落ち着かない。


「少し、風にでも当たろう……」


ヴィオラは燭台を手にして、静かに廊下に出ると中庭へ向かった。


この時間、城内は静まり返り真っ暗闇で、物音1つしない。ヴィオラはずっと歩く事が出来なかった故に、屋敷の部屋に篭っていた。

この城に来てからも、こんな夜中に出歩く事などなかった。


こんな世界は、初めてだ。暗い廊下を、燭台の蝋燭は頼りなく照らし出す。


暫く廊下を歩きながら、ヴィオラは少し後悔をした。


ちょっと、怖い。何か、出そう……。


身体を震わせながら、ヴィオラはようやく中庭へと辿り着いた。中庭までがこんなに長く感じるとは思わなかった。何時もの、倍以上はかかった気がする。


「……気持ちいい」


中庭に出ると、心地良い風が吹いていた。月明かりに照らされ、そこに怖さはない。寧ろ、神秘的で美しい。


「きれい」


昼間では絶対に見る事の出来ない光景に、ヴィオラは感嘆の声を洩らす。


ヴィオラは、ガゼボにあるテーブルに燭台を置くと、近くの木の下に座った。


木に凭れ掛かると、月を見上げる。



明日、お披露目があり、直ぐに式を挙げる事になる。

本当に、これでいいのだろうか……。


レナードと、結婚したら2度と、この城から出れないだろう。


その瞬間、ヴィオラは気付いてしまった。


「私は……何一つ、変わってない」


あの部屋から、出る事が出来た。ずっと諦めていた……私は、あのままだと。だが、歩く事が出来た。これが、自由などだと思った。


だが……。


あの部屋が、この箱庭しろにすり替わっただけだ。小さな窓から見えた景色が、ほんの少し大きなものに変わっただけ。見上げる空は、切り取られた世界だ。


私は、何をしているのだろう……。私は、結局何も変われない。歩けても、歩けなくとも。これなら、歩けない時と大差がない。


だが、今更だ……。

今更、結婚したくない、などとレナードに言える筈もない……。

レナードはヴィオラに、とても優しくしてくれるが、ふとした瞬間怖さを感じる事がある。理由は分からないが、ヴィオラを見るあの瞳に、言い知れぬ何かが秘められている様に思えた。


諦めるしか、ない。我慢するしか、ない。

元々、自分はそういう運命だった。そもそも、レナードがあの時、現れる事がなければ自分は屋敷のあの部屋で、一生死ぬまで過ごす事になっただろう。そう考えると、レナードは恩人とも言える……。


良いじゃないか、それでもってレナードは自分を妻に迎えてくれるというのだから。

王太子妃なんて、凄い事だ。多くの女性達が、挙ってなりたがる。そして、将来は王妃だ。何が不満なの?


ヴィオラは膝を抱え、頭を埋め、自問自答を繰り返した。

そして、ふと頭に浮かぶのは、やはり彼だった。



彼なら、なんて言うだろう……。



「助けて……テオドール、さま……」


瞬間、嘆願する呟きと共にぽんっと、頭に手を置かれた。心臓が止まりそうな程、驚いた。


こんな時間に一体誰が⁈まさか、レナード様⁈怒られる‼︎


こんな時間に部屋から勝手に抜け出した事、他の男の名を口にした事……。以前、レナードに、廊下ですれ違った執事の話をした。とても親切な人で、まだ慣れない広い城の中で、迷子になってしまったヴィオラを、部屋まで送り届けてくれた。仕事だから、当たり前かも知れないが、とても優しい人だった。 


その時のレナードは終始笑顔だったが「君のその愛らしい唇から、他の男の事は聞きたくないな」瞳が、冷たく刺さる様に感じた。

「お仕置きが必要だね」とも、言われた。


レナードの、お仕置きは段々エスカレートしている。次は、何をされるのか……。


ヴィオラは、顔を上げる事が出来ずに、ギュッと瞳を瞑った。






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