第774話 えれべーたー
『エレベーターのお客さま』
地方テレビ局に勤めるミチカは、いまだに天気予報しか担当させてもらえません。
同期生たちは報道や看板番組でどんどん活躍しているのに、どうしてわたしだけ?
ふつうなら穏やかでいられないところですが、内向的なミチカは、仕方がないわ、わたし、みなさんにご迷惑をかけてばかりだし……そう思って自信を失くすばかり。
*
実際の話、滑舌が怪しいときがありますし、原稿の読み間違いも珍しくなく……。
たとえば、わずか数分に過ぎない天気予報にしてから、こんな感じなのですから。
――ええっと、今日は、曇りのち晴れ、のち曇り、のち晴れ、いえ、曇り……じゃなくて、晴れ……。あらら、エンドレスになってしまいますね。ご、ごめんなさい。
――いよいよ秋が深まって来ました。明日の朝は肌寒いようですが、日中は晴れて気温が上がりますので、一日中、上着が手放せないでしょう。(はあ? 意味不明)
――本日は午前中いっぱいは持ちそうですが、午後から雲が多くなり、夜遅くには雨が降りそうなので、帰宅が遅くなる方は、折り畳み椅子(?)をご用意ください。
*
これでよく入社試験が通ったものですが(笑)、純朴さが却って新鮮な印象だったといううわさもあったり……いずれにしても、どうしても局内で浮いてしまいます。
一部のやさしい先輩は「遅咲きの桜、あるいは大器晩成ということで、ひとつ大目に見てやってください」と言ってかばってくれますが、それだってそろそろ限界で、「あのさ、もう少し要領よくやってくれればフォローのしようもあるんだけどねえ」と言われてしまって……いつまでも地味で生真面目、女子高生のようなミチカです。
****
そんなある日。
1階のスタジオで「お昼の天気予報」のライブをなんとか済ませたミチカは、上司に頼まれた調べものをするため、3階の事務室へ行くエレベーターに乗りました。
いましもドアが閉まろうとしたとき、ホワイトベージュのパンツスーツの中年女性が入り口から駆けこんで来たので、ミチカは急いで「開」のボタンを押しました。
女性は「会議に遅れそうだったから助かったわ」と言うと、ふと目もとをゆるめ、「あら、あなた、天気予報の……」と言うので、ミチカは赤くなって頷きました。
エレベーターは3階に到着しました。
軽く会釈して降りようとしたミチカの背を、女性の声が追いかけて来ます。
「わたし、あなたの天気予報のファンなのよ。お茶目で楽しくて、大好きよ」
*
それから数日後、ミチカはチーフプロデューサーから呼び出されました。
きっとまたお叱りにちがいないわとドキドキして6階の役員室に行ってみますと、常務取締役でもあるチーフプロデューサーは、ソファに座るように指示しました。
――ああ、やっぱり……。
いままでそんなことは一度もありませんでしたからミチカは覚悟をかためました。
ついに愛想を尽かされてしまい、いよいよ引導を渡されるにちがいない。(*ノωノ)
けれども、いつもきびしい常務から吐き出されたのは、思いがけない言葉でした。
「きみ、入社してどのくらいになるの? ほう、もうそんなになるかね。まさに光陰矢の如しだね。ぼくのオジサン度も進むわけだ。まあ、それはともかく、どうかね、そろそろ独り立ちしてもいいころだ。番組の改変に伴う新番組を担当してみないか」
――ええっ、このわたしが番組を?
それもメインキャスターで?!
うろたえるミチカを黙って見ていたチーフプロデューサーは、ニヤリとしました。
「きみ、先週、エレベーターでお客さまとご一緒しただろう? あの方は文化関連の民間企業の社長さんでね、10年前から番組審議委員をお願いしているんだが、当局と組んで上質な文化番組をつくりたいと申し出ていてくださったんだよ。ところが、なかなかお眼鏡に適うスタッフがいなくてね。そこへ、たまたまきみとエレベーターに乗り合わせ、行き届いた応接ぶりがいたくお気に召されたというしだいなんだよ」
そう言われても……ミチカにはなにか特別なことをした記憶がありません。
人ちがいでは? ミチカの疑問を常務が笑いながら打ち消してくれました。
「そんなはずはないと思ってるんだろう? それがきみのいいところなんだな。その社長さんはね、『礼儀正しく、そのうえ心からの温もりに満ちた応対ができるあの方なら、きっと視聴者の心にひびく番組をつくってくださるはずです。いえ、大丈夫、仕事柄、たくさんの若い人を見て来たわたしが保証します』と、そりゃあもう大変なご執心なのさ。同性の先輩にあれだけ認めてもらえるのは、きみが本物の証拠だよ」
屋上に
秋の番組改変まで半年。MCに抜擢されたミチカは急に忙しくなりそうです。🍃
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