第5話:引っ越し業者は諦める
遠くの方から、ゲラゲラと笑う声が聞こえる。
ここは、どこ?
(あっはっは!挨拶で気を失うなんてねぇ。)
(思いっきり、ゴンッっていってたからなぁ。)
(こんなことで、ウチでやっていけるのかしら。)
(き、きっと緊張していたのよ。)
(やっぱり、私が付きっ切りで看病しようかしら。)
((((だからやめなさいって!))))
そんな騒がしい声に、僕は目を覚ます。
どうやら、頭をぶつけたあと、気を失っていたみたいだ。
寝ていたソファから少し身を起こして声のする方に目を向けると、先程いた3人だけでなく、津屋さんや静海さんも含めた住人達5人が、どうやら酒盛りをしているようだった。
酒盛り??ってことは、今は、夜!?
僕は寝ていたソファから慌てて立ち上がった。
「おや、目を覚ましたのかい?」
津屋さんが、缶ビールを飲み干して目を向けてくる。
「あ、あのっ、引っ越し業者は!?」
「何言ってんだい。まだ来る時間じゃないだろう?幸太が気を失って、まだ少ししか経ってないらしいからね。」
そう言って、津屋さんは壁に掛けられた時計を指した。
確かに今は11時、僕が来て、30分程しか経っていないらしい。
引っ越し業者が来るのが13時だから、うん、まだ余裕はあるね。
安心した僕は、ソファにボフッと座り直して、ふと思った。
あれ?ってことはあの人達、昼間っから酒盛りしてる?
しかも、僕が気を失って30分も経っていないのに?
僕が混乱していると、酒焼けしたような声が聞こえてくる。
「何そんなとこに座ってんのさ!これはアンタの歓迎会なんだよ!さっさとこっちに来て座りなよっ!」
ワンカップのお酒を片手に、酒谷さんが手招きしていた。
「い、いやっ、あの。これから引っ越し業者が来るので・・・」
「来るのは13時だろ?まだ2時間は飲めるよっ!」
僕の言葉を遮るように津屋が言い放ち、結局僕は、自分の歓迎会に渋々参加することにした。
「じゃぁ、改めて。我がアパート『艶女ぃLIFE』への幸太の入居を祝して、乾杯っ!」
「「「「乾杯!!」」」」
「か、乾杯。」
僕は、コップに注がれていた液体を一目見て、意を決してそれを口にする。
流石に、これから引っ越しなんだから、アルコールなわけ、ないよね。
・・・うん。まごうことなきビールだね、これ。
あの、僕これから引っ越しなんですけど!?
そんな僕の想いなど知らぬとばかりに、津屋さんが、まだ空いてもいない僕のコップへと再びビールを注ぎ始める。
そのままじぃ〜っと見てくる津屋さんの視線に耐えきれなかった僕は、仕方なくそれをそのまま喉の奥へと流し込む。
「おっ、幸太。案外イケるクチだねぇ。」
そう言って津屋さんは笑っていた。
今更だけど津屋さん、いつの間にか僕の呼び方が『幸太』になってるね。
そんな事を考えていると、僕の飲みっぷりを見た静海さんが近づいてくる。
「幸太、あまり無理はしないのよ?」
いや、静海さん。そう言いながら僕のコップにビール注いでますけど?
やめて、そんなに見つめないで!飲むから!飲みますからっ!!
僕は再び、ビールをあおる。
「おぉ、幸太、いい飲みっぷりだな!!ほれ、飲め飲め!」
そう言って、今度は酒谷さんがやって来る。
いや酒谷さん。それ日本酒ですよね?ビールじゃないんですか!?
僕は諦めたようにそれを飲み干す。
「あらぁ〜、こんな美人にお酌させるなんて、幸太は罪な男ねぇ。酔って、私に何するつもりかしら?」
そう言って愛島さんが焼酎の瓶を片手にやって来る。
いや愛島さん。何もするつもりないですよ!?
っていうか、むしろあなた達こそ、こんなに僕に飲ませてどういうつもりなんですか!?
もう何も考えられず、僕はただ、コップの中の焼酎を浴びるように飲む。
「こ、幸太さん。大丈夫ですか?」
そう言いながら、吉良さんが酎ハイの缶を差し出してくる。
吉良さん、お母さん見たいな雰囲気なのに、飲ませるんですね・・・
またしても意を決して注がれた酎ハイを空にした僕がコップを置くと、5人の顔から表情が無くなっていた。
「お母さん、ねぇ。」
少しムスッとしたような顔で、津屋さんがボソリと呟いた。
えっ、もしかして僕、声に出してました!?
5人が一斉に頷く。
辺りは、静寂に包まれていた。
あ、今のも声に出てたみたい。
今度こそ心の中でそう言っていると、静海さんが静寂を破った。
「ちなみに、あなたのお母さんって、おいくつ?」
「え、えっと、48です。」
僕の言葉に、全員が深いため息をついた。
「アタシら全員、幸太のお母さんよりも年上かよ!」
酒谷さんがワンカップを机に叩きつけるように置いた。
え、ちょっと待って。
「全員!?」
あ、今のは確実に声に出てた。
ほら、みんな一斉にこっちを見てる。
「ほぉ〜。幸太、一体どこに驚いているんだい?」
ちょっと津屋さん。目が怖いです。
津屋さんと酒谷さんは、50代っていってもおかしくない。
吉良さんは、母さんより少し下だと思ってた。
静海さんと愛島さんに至っては、40前半くらいに思ってましたよ!!
あ、今の、声に出てないよね?
僕が恐る恐る周りを見渡すと、全員がまだ、伺うように僕を見ていた。
せ、セーフ。
そして僕は、意を決して口を開いた。
「み、皆さん母よりもずっと若いと思ってました・・・」
口から出た人生稀に見るでまかせに自分自身で驚きながら、僕は再び周りを見渡す。
しばし流れる静寂。
今のは、正解?不正解??
そして、その静寂は破られる。
5人の爆笑と共に。
「あっはっは!お世辞もここまでいくと、気持ちが良いね!」
津屋さん、お世辞って言わないで。
「いや、オバハンだと思われてんのは来華だけだろ!」
酒谷さん、オバハンとは言ってないです。
「あら朝美。あなたも十分ババァよ?」
静海さん、それは言い過ぎです。
「お、お母さん・・・」
吉良さん、まだ引きずってるんですね。
「うふふ。歳を重ねた女のテク、味わわせてあげるわよ?」
愛島さん、それ今、関係あります?
それぞれに心の中でつっこんでいると、頭の中からグルグルしてきた。
あれー、いまなんじー?
なんか、ピンポーンって聞こえたよー。
あ、なんか男の人がはいってきたー。
ぷっ、その格好、引っ越し屋さんみたいだねー。
あれー?つやさーん、なんで僕の方を見てるのー?
入って来た男の人も、なんで僕を呆れたように見てるのー?
もー、よくわかんないやー。
あー、なんかフワフワするー。
ちょっと、ソファーに寝ようかなー。
あ、愛島さんがソファーで手を広げてるー。
あー、愛島さんの胸、やわらかーい。
なんか、眠たくなってきちゃったよ・・・
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