第348話 12月5日(去年と、同じなのかな……)
朝、目が覚めて布団から体を起こすなり、
「はぁ……」
壁へ掛けていた毛糸のマフラーが視界に入って、深い溜息を吐く。
端から大きく裂け目の出来たマフラーはちょうど口を開けたワニみたいに見えた。
(流石に、新しく買い直さないとだめか)
毛糸がほつれたとか、小さな穴が空いている程度なら気にせず使い続けただろう。
しかし、今回は傷口が深すぎた。
無言で布団を抜け出し、壁掛けハンガーへ歩み寄る。
愛着があるせいか一瞬、『これを捨てるなんて』と後ろ髪を引かれた。
「……急いで捨てなくてもいいかな」
その後、寝間着を着たままなんとなくマフラーを首に巻き――、
「さむ」
――身震いしつつ部屋を出た。
◆
台所の傍まで来ると、朝食を作る音が聞こえてくる。
敷居を跨ぐ前に中の様子を覗くと……彼の背中が見えた。
一旦立ち止まり、未練がましく首へ巻いていたマフラーの裂け目が正面を向くように調整する。
そして――、
「……おはようございます」
――と、何食わぬ顔で告げた。
「ああ、おはよう」なんて挨拶が返って来た直後、彼の視線がわずかに沈む。
「ちな、それっ」
痛ましい見た目の防寒具に対し、悲鳴じみた声があがる。
淡々と事情を説明した後、夕食会の買い出しへ行く時にでも、新しいマフラーを買いたいと伝えたのだが……。
◆
まさか、朝食が済むなりショッピングモールへ出掛け、マフラーを選ぶことになるとは思わなかった。
(……急いで来る必要はなかったんだけどな)
胸の内で独り言を呟いている間に、好きな柄が見つかる。
色合いもこれまで使っていたものと似ており、何より暖かそうだった。
購入すると決めた防寒具を手に彼の元へ戻る。
「いいのあったか?」
頷いて返した途端、「よし」と満足げな声が聞こえた。
「えっと、それでレジは……」
「あっちです」
「良いのがあって良かったな」
「そうですね」
どこか和やかに、短い距離を二人並んで歩く。
しかし、レジの順番待ちで、彼が突然財布を取り出したから、思わず「えっ?」と呟いた。
(もしかして、払うつもり?)
頭の中に『クリスマスプレゼント』という文字列が浮かぶ。
「あの……コレ、プレゼントする気ですか? 私に」
きょとんと首を傾げる彼の返答は聞かなくてもわかった。
「そのつもりだったけど?」
つい、去年のクリスマスを思い出す。
すぐに断ろうと思ったのだけれど……過去の自分達をなぞるようで――、
「その……ありがとう、ございます」
――気付けばお礼を告げていた。
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