第348話 12月5日(去年と、同じなのかな……)

 朝、目が覚めて布団から体を起こすなり、


「はぁ……」


 壁へ掛けていた毛糸のマフラーが視界に入って、深い溜息を吐く。

 端から大きく裂け目の出来たマフラーはちょうど口を開けたワニみたいに見えた。


(流石に、新しく買い直さないとだめか)


 毛糸がほつれたとか、小さな穴が空いている程度なら気にせず使い続けただろう。

 しかし、今回は傷口が深すぎた。


 無言で布団を抜け出し、壁掛けハンガーへ歩み寄る。

 愛着があるせいか一瞬、『これを捨てるなんて』と後ろ髪を引かれた。


「……急いで捨てなくてもいいかな」


 その後、寝間着を着たままなんとなくマフラーを首に巻き――、


「さむ」


 ――身震いしつつ部屋を出た。



 台所の傍まで来ると、朝食を作る音が聞こえてくる。

 敷居を跨ぐ前に中の様子を覗くと……彼の背中が見えた。


 一旦立ち止まり、未練がましく首へ巻いていたマフラーの裂け目が正面を向くように調整する。

 そして――、


「……おはようございます」


 ――と、何食わぬ顔で告げた。

 「ああ、おはよう」なんて挨拶が返って来た直後、彼の視線がわずかに沈む。


「ちな、それっ」


 痛ましい見た目の防寒具に対し、悲鳴じみた声があがる。

 淡々と事情を説明した後、夕食会の買い出しへ行く時にでも、新しいマフラーを買いたいと伝えたのだが……。



 まさか、朝食が済むなりショッピングモールへ出掛け、マフラーを選ぶことになるとは思わなかった。


(……急いで来る必要はなかったんだけどな)


 胸の内で独り言を呟いている間に、好きな柄が見つかる。

 色合いもこれまで使っていたものと似ており、何より暖かそうだった。


 購入すると決めた防寒具を手に彼の元へ戻る。


「いいのあったか?」


 頷いて返した途端、「よし」と満足げな声が聞こえた。


「えっと、それでレジは……」

「あっちです」


「良いのがあって良かったな」

「そうですね」


 どこか和やかに、短い距離を二人並んで歩く。

 しかし、レジの順番待ちで、彼が突然財布を取り出したから、思わず「えっ?」と呟いた。


(もしかして、払うつもり?)


 頭の中に『クリスマスプレゼント』という文字列が浮かぶ。


「あの……コレ、プレゼントする気ですか? 私に」


 きょとんと首を傾げる彼の返答は聞かなくてもわかった。


「そのつもりだったけど?」


 つい、去年のクリスマスを思い出す。

 すぐに断ろうと思ったのだけれど……過去の自分達をなぞるようで――、


「その……ありがとう、ございます」


 ――気付けばお礼を告げていた。

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