第336話 11月23日(いつから、甘い味になったんだろう……?)

 朝日に照らされるカレンダーの赤い数字。

 その傍に印字された勤労感謝という字を見て頷く。


 社会人組は、祝日を有難がってまだ寝ているだろう。

 普段、お世話になっている分、今日の朝食は私が作ろうと決めていた。

 成長具合を見せるいい機会でもある。


 しかし、意気込んで台所へ入った瞬間――、


「……おはようございます」


 ――既に調理を始めている彼がいて、やる気はすっかり萎えてしまった。


「おはよう。朝食、もう少し待ってな」


 俎板まないたの上で刻まれていく青ネギ。

 軽快な音に耳を澄ませていたら、『手伝いましょうか?』と言うタイミングがわからなくなってしまった。


「祝日なのに早いんですね」

「ん? まあ、祝日って言われてもなぁ」


 彼は手で掬い取ったきざみネギを、味噌汁の鍋へ入れつつ――、


「……在宅ワーカーには、あんまり関係ないよ」


 ――苦笑しながら呟いた。


「……それも、そうですね」


 朝食を作る計画が頓挫とんざしたので、手持無沙汰てもちぶさたなままテーブルへ着く。

 幼馴染みの輪郭をぼんやり眺め……彩弓さんはまだ寝ているのだろうかと気になった。


「彩弓さんは?」


 背中に訊ねると「」なんて返事が来て眉を顰める。


「……うちお母さんのところに? なんで?」


 状況を呑み込めずにいると、「昨日、夕飯を食べた後に飲まないかってお誘いがあったんだよ」なんて説明された。


「……は?」


 夕食後、飲みに誘われたというのはまだわかる。

 ただ、今もうちにいるというのは――まさか?


「彩弓さん、うちに泊ったんですか?」

「そういうことになるな」

「はぁ……」


 呆れて手で顔を覆っていると、「お茶碗にご飯よそってくれるか?」なんて彼にお願いされた。

 立ち上がって食器棚から二人分の茶碗を手にし、炊飯器へ歩み寄る。

 フタが開いた途端、水蒸気と共に美味しそうな香りが頬を撫でていった。


「……朝ごはん、彩弓さんの分はいらないんですか?」


 しゃもじで炊き立てのご飯をよそいながら、一応確認してみる。


「ああ。小母さんの所で食べてから帰るってメッセージがあった。お昼ご飯は一緒に食べたいだって」

「それは……良いんですけど」


 あの人、娘よりも私の家に入り浸ってるんじゃないだろうか?

 再び溜息を吐いてテーブルへ戻ると、既におかずが並んでいた。


「いただきます」


 合掌し、箸を卵焼きへと伸ばす。

 一口大に割いて口へ放り込んだそれは……私好みの伊達巻みたいな甘い味だ。


「……美味しい」


 でも、彼の作る卵焼きって……昔はもっと違う味だった気がした。

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