第315話 11月2日(運命でも、偶然でもないんだ……)

 口に含んだ珈琲は普段と味が違った。

 けれど、これはこれで美味しい。

 コーヒーソーサーにカップを戻しながら、つい吐息が漏れる。

 それから、英語のノートを開いたままぼうっとしていると――、


「お客様、珈琲のおかわりはいかがですか?」


 ――とウエイトレスのお姉さんに声を掛けられた。


「……お願いします」


 会釈を返すなり、彼女はにこりと笑う。

 ウエイトレスさんは珈琲のおかわりを注ぎ終わるなり――、


「勉強、頑張ってくださいね」


 ――と素敵な笑顔を残して去って行った。


「…………」


 応援してもらえるのはありがたい。

 けれど、来店してからかれこれ一時間……勉強など一切していなかった。


「……はぁ」


 窓際から見える外の景色は既に夜でいっぱいだ。

 いつもなら家へ帰るか、彼の家で勉強をしている時間に……何故、一人で珈琲なんて飲んでいるんだろう?


 なんて……今更わからないふりをしてみても、気付いてしまったことは簡単に忘れられない。


(こっちの大学を受験して、一人暮らしを始めたとして……一体、何になるんだろう?)


 思考にもやがかかったような気分のまま、再びカップへ触れる。

 温かい苦味をこくり、こくりと飲み込んだ直後――本日、何度目かもわからない溜息がこぼれた。


「はぁ……このまま彼の傍にいたって、きっと何も変わらないのに」


 他人ひとに聞かせるつもりなんてない、自分を言い聞かせるためだけの独り言。

 だが――、


「そうでもないんじゃない?」


 ――宛名のない言葉へ急な返事が届いた途端、私の肩はびくりと揺れる。

 釣り糸で引っ張られる魚のように、声がした方へ顔を向けると――そこにはカフェオレとドーナツを手にした彩弓さんが立っていた。


……って感じだね」


 彼女はドーナッツをかじりながら、断りもなく向かいの席へ座る。


「大げさ。この辺、他に良い店なんてないでしょ」


 確かに、この喫茶店はと言えなくもないが……運命的な再開は盛り過ぎだ。

 だから、頬杖をつき「偶然ですね、こんなところで」と嫌味っぽく告げる。

 でも、歳の離れた友人は静かに微笑むと――、


「ま、本当は運命でも偶然でもないんだけどね」


 ――なんて、言ってじっと目線を重ねてきた。


「私。今日は、ちーちゃんを探してたの」


 ……からかわれているのだろうか?

 子どもっぽく拗ねたような声で「何でですか?」と訊ねる。

 すると、彩弓さんは「教えてあげるから、今日うちに泊らない?」なんて楽しそうに言った。

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