第302話 10月20日【去年の今頃とは違う彼女達】

 ちなの物腰が柔らかくなったと、文化祭を終えてからより一層思うようになった。


「それじゃ、茉莉。また明日」

「え、あーうん。また明日ね」


 親友の背中へひらひらと手を振りながら、自然と表情が緩んでしまう。


(ちょうど去年の今頃はハリネズミみたいにツンツンしてたのになぁ……)


 ふと思い出したのは去年の文化祭だ。

 ずっと不機嫌だった親友を休憩時間に連れ出した。

 学校全体が様々な模擬店や有志のパフォーマンスで賑わう中、まず足を運んだのはクラスメイトによる漫才。

 しかし、あたしが大笑いする中、つまらなそうだったちなの横顔を未だによく覚えている。


(今思えば、あれ絶対にステージを見てなかったよね)


 だが、今年は違ったらしい。

 文化祭が終わり、今年も漫才を披露した二人クラスメイトへ会いに行った時だ。

 『今年もおもしろかったよ』と感想を伝えた瞬間、彼女たちは興奮しきった声で返してきた。


『でしょー!』

『だって、今年は向坂さんが笑ってくれてたもんね』


 この時、二人が密かに『今年こそは向坂智奈美を笑わせる』という目標を持っていたのだと知った訳だ。

 まあ――去年、ちなが漫才で笑えなかった理由に内容は関係ないのだけれど……クラスメイトには言わないでおいた。

 だって、こういうのは言わぬが花だ。

 それに、今年は文化祭を楽しめたんだと知れたことに胸がいっぱいで……野暮なことを言う暇などなかった。


「さてと……」


 暑くて一度は脱いだカーディガンを羽織り直し、イスから立ち上がる。

 明日の試験について頭を悩ませながら……ちなの席が目に入って、つい足を止めた。


「…………」


 人がいなくなった静かな教室で、親友の席に陽だまりが落ちている。


 明るい内に学校が終わったのだから、当然と言えば当然だ。

 けれど――、


「やっぱ……ちなは変わったよね」


 ――当然のことがなんだか特別に感じられて……気付いた時には、落ちた陽だまりへ指先で触れていた。


 やはり、ちなの物腰は昔と比べて断然やわらかくなった。

 そうでなければ夕陽だって、もう一度ちなと話そうだなんて思わなかった筈だ。




 校舎から出てすぐ冷たい風に頬を撫でられる。

 ぶるりと身震いしつつ、明日の試験が何だったかなんて頭を巡らせ――、


(あたしも変わらなきゃ)


 ――なんて、声に出すには少し恥ずかしいことを考えた。


「……今日は、帰りに本屋で参考書でも見て行こうかな。陽菜のお迎えはお母さんがしてくれるって言ってたし。うん、帰ったら一人で夜まで勉強だ」

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